春秋左氏伝 / 哀公十三年 庚癸の呼
且執事以伯召諸侯。而以侯終之。何利之有焉。吳人乃止。既而悔之。將囚景伯。景伯曰。何也。立後於魯矣。將以二乘。與六人從。遲速唯命。遂囚以還。及戶牖。謂大宰曰。魯將以十月上辛。有事於上帝先王。季辛而畢。何。世有職焉。自襄以來。未之改也。若不會。祝宗將曰。吳實然。且謂魯不共。而執其賤者七人。何損焉。大宰嚭言於王曰。無損於魯。而祗為名。不如歸之。乃歸景伯。吳申叔儀。乞糧於公孫有山氏。曰。佩玉繠兮。余無所繫之。旨酒一盛兮。余與褐之父睨之。對曰。梁則無矣。麤則有之。若登首山以呼曰。庚癸乎。則諾。王欲伐宋殺其丈夫。而囚其婦人。大宰嚭曰。可勝也。而弗能居也。乃歸。冬。吳及越平。
新字:且執事以伯召諸侯。而以侯終之。何利之有焉。呉人乃止。既而悔之。将囚景伯。景伯曰。何也。立後於魯矣。将以二乗。与六人従。遅速唯命。遂囚以還。及戸牖。謂大宰曰。魯将以十月上辛。有事於上帝先王。季辛而畢。何。世有職焉。自襄以来。未之改也。若不会。祝宗将曰。呉実然。且謂魯不共。而執其賤者七人。何損焉。大宰嚭言於王曰。無損於魯。而祗為名。不如帰之。乃帰景伯。呉申叔儀。乞糧於公孫有山氏。曰。佩玉繠兮。余無所繋之。旨酒一盛兮。余与褐之父睨之。対曰。梁則無矣。麤則有之。若登首山以呼曰。庚癸乎。則諾。王欲伐宋殺其丈夫。而囚其婦人。大宰嚭曰。可勝也。而弗能居也。乃帰。冬。呉及越平。
書き下し
且つ執事伯を以て諸侯を召きて、侯を以て之を終へば、何の利か之れ有らん」と。吳人乃ち止む。既にして之を悔い、將に景伯を囚へんとす。景伯曰く、「何や、後を魯に立てたり。將に二乘と六人とを以て從はんとす。遲速唯だ命のままなり」と。遂に囚へて以て還る。戶牖に及び、大宰に謂ひて曰く、「魯將に十月の上辛を以て、上帝・先王に事有らんとし、季辛にして畢らん。何は世々焉に職有り。襄より以來、未だ之を改めず。若し會せずんば、祝宗將に曰はん、『吳實に然らしむ』と。且つ魯を不共と謂ひて、其の賤者七人を執ふとも、何の損かあらん」と。大宰嚭王に言ひて曰く、「魯に損無くして、祗だ名を為さん。之を歸すに如かず」と。乃ち景伯を歸す。吳の申叔儀、糧を公孫有山氏に乞ひて曰く、「佩玉繠(ずい)たり、余之を繫くる所無し。旨酒一盛、余褐の父と之を睨む」と。對へて曰く、「梁は則ち無し。麤は則ち之有り。若し首山に登りて以て呼びて『庚癸か』と曰はば、則ち諾せん」と。王宋を伐ち、其の丈夫を殺して其の婦人を囚へんと欲す。大宰嚭曰く、「勝つ可きも、居る能はざるなり」と。乃ち歸る。冬、吳越と平ぐ。
現代語訳
それに、あなた方は覇者として諸侯を召集しておきながら、侯の立場で会を終えることになります。何の利がありましょう」。呉人はそこで思いとどまった。しかしやがてこれを悔やみ、景伯を捕らえようとした。景伯は言った。「私、何(景伯の名)は、すでに魯に跡継ぎを立ててあります。車二乗と従者六人を連れてお供しましょう。出発が早かろうと遅かろうと、ご命令のままに」。呉はついに景伯を捕らえて帰途についた。戸牖まで来たとき、景伯は太宰(嚭)に言った。「魯では十月の上旬の辛の日に上帝と先王を祀る祭祀を行い、下旬の辛の日に終わります。私の家は代々その祭祀に務めがあり、襄公の時代から一度も改めたことがありません。もし私が祭祀に参加しなければ、祝宗(祭祀官)は神に向かって『呉がそうさせたのです』と申し上げるでしょう。それに、魯が恭順でないとして、私のような身分の低い者七人を捕らえたところで、魯に何の損がありましょう」。太宰嚭は王に言った。「魯には何の損もなく、ただ我々が悪名を得るだけです。帰してやるに越したことはありません」。そこで景伯を帰した。呉の申叔儀が、魯の公孫有山氏に食糧を乞うて言った。「佩び玉はふさふさと垂れているが、私にはそれを結びつけるところもない(身なりはあっても食べるものがない)。うまい酒が一杯あっても、私は粗衣の老人とそれを横目で眺めるばかりだ」。公孫有山氏は答えた。「上等の穀物はありませんが、粗い穀物ならあります。もし首山に登って『庚癸はないか(庚は穀物、癸は水を指す軍中の隠語)』と呼ばわれば、お応えしましょう」。呉王(夫差)は宋を伐って男を殺し、女を捕虜にしようとした。太宰嚭は言った。「勝つことはできても、その地に居座ることはできません」。そこで帰国した。冬、呉は越と和睦した。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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