春秋左氏伝 / 哀公十一年 小人は力を量る
君子有遠慮。小人何知。懿子強問之。對曰。小人慮材而言。量力而共者也。武叔曰。是謂我不成丈夫也。退而蒐乘。孟孺子洩帥右師。顏羽御。邴洩為右。冉求帥左師。管周父御。樊遲為右。季孫曰。須也弱。有子曰。就用命焉。季孫之甲七千。冉有以武城人三百。為己徒卒。老幼守宮。次于雩門之外。五日。右師從之。公叔務人見保者而泣曰。事充政重。上不能謀。士不能死。何以治民。吾既言之矣。敢不勉乎。師及齊師戰于郊。齊師自稷曲。師不踰溝。樊遲曰。非不能也。不信子也。
新字:君子有遠慮。小人何知。懿子強問之。対曰。小人慮材而言。量力而共者也。武叔曰。是謂我不成丈夫也。退而蒐乗。孟孺子洩帥右師。顔羽御。邴洩為右。冉求帥左師。管周父御。樊遅為右。季孫曰。須也弱。有子曰。就用命焉。季孫之甲七千。冉有以武城人三百。為己徒卒。老幼守宮。次于雩門之外。五日。右師従之。公叔務人見保者而泣曰。事充政重。上不能謀。士不能死。何以治民。吾既言之矣。敢不勉乎。師及斉師戦于郊。斉師自稷曲。師不踰溝。樊遅曰。非不能也。不信子也。
書き下し
「君子は遠慮有り。小人何をか知らん」と。懿子強ひて之に問ふ。對へて曰く、「小人は材を慮りて言ひ、力を量りて共する者なり」と。武叔曰く、「是れ我を丈夫を成さずと謂ふなり」と。退きて乘を蒐む。孟孺子洩右師を帥ゐ、顏羽御し、邴洩右と為る。冉求左師を帥ゐ、管周父御し、樊遲右と為る。季孫曰く、「須や弱し」と。有子曰く、「就(よ)く命を用ゐん」と。季孫の甲七千、冉有武城の人三百を以て己の徒卒と為す。老幼宮を守り、雩門の外に次る。五日にして、右師之に從ふ。公叔務人保者を見て泣きて曰く、「事充ち政重く、上謀る能はず、士死する能はず。何を以て民を治めん。吾既に之を言へり。敢へて勉めざらんや」と。師齊の師と郊に戰ふ。齊の師稷曲よりす。師溝を踰えず。樊遲曰く、「能はざるに非ざるなり。子を信ぜざるなり。
現代語訳
「君子の方々には遠い見通しがおありでしょう。小人の私に何がわかりましょう」。懿子(孟懿子)が強いて尋ねると、冉求は答えた。「小人というものは、相手の才を考えて物を言い、相手の力を量って務めを果たすものです(言っても無駄な相手には言いません)」。武叔は言った。「これは、私が一人前の男ではないと言っているのだ」。退出して兵車を集めた。孟孺子洩(孟懿子の子、孟武伯)が右軍を率い、顔羽が御者、邴洩が車右となった。冉求が左軍を率い、管周父が御者、樊遅(孔子の弟子、名は須)が車右となった。季孫が「須(樊遅)は若すぎる」と言うと、有子(冉求)は「命令をよく守ることはできます」と答えた。季孫の家の甲士は七千、冉有は武城の人三百を自分の直属の歩兵とした。老人と子どもには宮を守らせ、軍は雩門の外に駐屯した。五日たってようやく、右軍が合流した。公叔務人(公為、哀公の子)は城を守る者たちを見て、泣きながら言った。「課役は多く税は重いのに、上の者は謀ることができず、士は死ぬことができない。これでどうして民を治められよう。私はもうこう口にしてしまった。どうして自ら努めずにいられようか」。魯軍は斉軍と郊外で戦った。斉軍は稷曲から攻め寄せたが、魯軍は溝を越えて出ようとしなかった。樊遅が冉求に言った。「兵たちは越えられないのではありません。あなたを信じていないのです。
解説
この章句が説くこと
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