導師導古典を学びたいすべての人に

春秋左氏伝 / 定公十年・十一年 不令の臣は天下の悪む所

冬。母弟辰。暨仲佗。石彄。出奔陳。武叔聘于齊。齊侯享之。曰。子叔孫。若使郈在君之他竟。寡人何知焉。屬與敝邑際。故敢助君憂之。對曰。非寡君之望也。所以事君。封疆社稷是以。敢以家隸。勤君之執事。夫不令之臣。天下之所惡也。君豈以為寡君賜。十一年春。宋公母弟辰。暨仲佗。石彄。公子地。入于蕭以叛。秋。樂大心從之。大為宋患。寵向魋故也。冬。及鄭平。始叛晉也。

新字:冬。母弟辰。暨仲佗。石彄。出奔陳。武叔聘于斉。斉侯享之。曰。子叔孫。若使郈在君之他竟。寡人何知焉。属与敝邑際。故敢助君憂之。対曰。非寡君之望也。所以事君。封疆社稷是以。敢以家隸。勤君之執事。夫不令之臣。天下之所悪也。君豈以為寡君賜。十一年春。宋公母弟辰。暨仲佗。石彄。公子地。入于蕭以叛。秋。楽大心従之。大為宋患。寵向魋故也。冬。及鄭平。始叛晋也。

書き下し

冬、母弟辰、仲佗・石彄と、出でて陳に奔る。武叔、齊に聘す。齊侯、之を享して曰く、「子叔孫、若し郈をして君の他竟に在らしめば、寡人何ぞ焉を知らん。屬敝邑と際す。故に敢へて君を助けて之を憂ふ」と。對へて曰く、「寡君の望に非ざるなり。君に事ふる所以は、封疆社稷是れを以てなり。敢へて家隸を以て、君の執事を勤めしめんや。夫れ不令の臣は、天下の惡む所なり。君、豈に以て寡君の賜と為さんや」と。十一年春、宋公の母弟辰、仲佗・石彄・公子地と、蕭に入りて以て叛く。秋、樂大心、之に從ふ。大いに宋の患と為る。向魋を寵するが故なり。冬、鄭と平ぐ。始めて晉に叛くなり。

現代語訳

冬、景公の同母弟の辰は、仲佗・石彄とともに国を出て陳に逃れた。武叔(叔孫州仇)が斉を聘問した。斉侯(景公)は彼を饗応して言った。「叔孫どの、もし郈があなたの君の別の国境にあったなら、私は何も関わらなかったでしょう。たまたまわが国と境を接していたので、あえて君をお助けして、ともに憂えたのです」。武叔は答えた。「それはわが君の望むところではありませんでした。わが君が貴国にお仕えするのは、国境と社稷を守るためです。どうして一家臣の家の使用人ごときのことで、君の役人を煩わせたりいたしましょうか。そもそも良からぬ臣というものは、天下の誰もが憎むものです。(侯犯を受け入れず郈を返したのは当然のことで、)君はどうしてそれを、わが君への恩恵だとお考えになるのでしょうか」。十一年春、宋公の同母弟の辰は、仲佗・石彄・公子地とともに蕭に入って叛いた。秋、楽大心もこれに加わった。宋にとって大きな災いとなった。景公が向魋を寵愛したためである。冬、魯は鄭と和平した。魯が晋に叛いた始まりである。

解説

郈の乱の後日談と、宋の内乱の拡大が並ぶ。斉の景公は叔孫氏の武叔をもてなしながら、郈の件で力を貸してやったと恩に着せる。境を接していたから、あえて君の憂いを助けた、と。武叔の返答は、恩を認めない形で礼を失わない。我が君が斉に仕えるのは国境と社稷のためであり、家臣の家の使用人の乱で斉の手を煩わせるつもりはなかった。不忠の臣は天下の憎むところで、それを受け入れずに返したのは当然のことだ、と。借りを作らないための言い回しで、乱の最中に斉が侯犯と交渉していたことへの皮肉も含んでいる。宋では、景公の弟の辰と公子地らが蕭に拠って叛き、楽大心まで加わって大乱となる。左伝はその原因を「向魋を寵するが故なり」と一言で記す。寵臣一人への偏りが、兄弟と重臣をまとめて敵に回した。恩着せと偏愛、どちらも関係を壊す種になる。

この章句が説くこと

外交辞令恩義偏愛反乱寵臣

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る