導師導古典を学びたいすべての人に

春秋左氏伝 / 昭公二十一年 先んずれば人の心を奪う

冬。十月。華登以吳師救華氏。齊烏枝鳴戍宋。廚人濮曰。軍志有之。先人有奪人之心。後人有待其衰。盍及其勞。且未定也。伐諸。若入而固。則華氏眾矣。悔無及也。從之。丙寅。齊師。宋師。敗吳師于鴻口。獲其二帥。公子苦雂。偃州員。華登。帥其餘以敗宋師。公欲出。廚人濮曰。吾小人。可藉死而不能送亡。君請待之。乃徇曰。楊徽者。公徒也。眾從之。公自楊門見之。下而巡之。曰。國亡君死。二三子之恥也。豈專孤之罪也。齊烏枝鳴曰。用少莫如齊致死。齊致死莫如去備。彼多兵矣。

新字:冬。十月。華登以呉師救華氏。斉烏枝鳴戍宋。廚人濮曰。軍志有之。先人有奪人之心。後人有待其衰。盍及其労。且未定也。伐諸。若入而固。則華氏衆矣。悔無及也。従之。丙寅。斉師。宋師。敗呉師于鴻口。獲其二帥。公子苦雂。偃州員。華登。帥其余以敗宋師。公欲出。廚人濮曰。吾小人。可藉死而不能送亡。君請待之。乃徇曰。楊徽者。公徒也。衆従之。公自楊門見之。下而巡之。曰。国亡君死。二三子之恥也。豈専孤之罪也。斉烏枝鳴曰。用少莫如斉致死。斉致死莫如去備。彼多兵矣。

書き下し

冬、十月、華登吳の師を以って華氏を救ふ。齊の烏枝鳴宋を戍る。廚人濮曰く、「軍志に之れ有り、『人に先んずれば人の心を奪ふ有り、人に後るれば其の衰へを待つ有り』と。盍ぞ其の勞して且つ未だ定まらざるに及びて、諸を伐たざる。若し入りて固くせば、則ち華氏衆からん。悔ゆとも及ぶ無からん」と。之に從ふ。丙寅、齊の師・宋の師、吳の師を鴻口に敗り、其の二帥、公子苦雂・偃州員を獲たり。華登、其の餘を帥ゐて以って宋の師を敗る。公出でんと欲す。廚人濮曰く、「吾は小人なり、死を藉(か)す可くして亡を送る能はず。君請ふ之を待て」と。乃ち徇へて曰く、「徽を楊ぐる者は、公の徒なり」と。衆之に從ふ。公楊門より之を見、下りて之を巡りて曰く、「國亡び君死するは、二三子の恥なり。豈に專ら孤の罪ならんや」と。齊の烏枝鳴曰く、「少を用ゐるは齊しく死を致すに如くは莫く、齊しく死を致すは備へを去るに如くは莫し。彼は兵多し。

現代語訳

冬十月、華登が呉の軍を率いて華氏を救援に来た。斉の烏枝鳴(うしめい)は宋の守備に来ていた。宋の廚邑の大夫の濮(廚人濮)が言った。「兵法書に『相手より先に動けば敵の戦意を奪うことができ、相手より後れれば敵の衰えを待つことができる』とあります。呉軍が長旅で疲れ、まだ陣が定まらないうちに攻撃してはいかがですか。もし彼らが入城して守りを固めれば、華氏の勢力は大きくなり、後悔しても間に合いません」。これに従った。丙寅の日、斉と宋の軍は呉の軍を鴻口で破り、その二人の将、公子苦雂(こけい)と偃州員(えんしゅううん)を捕らえた。しかし華登は残りの兵を率いて宋の軍を破った。宋の元公は国外に逃れようとした。廚人濮は言った。「私は身分の低い者ですから、君のために死ぬことはできますが、君の亡命のお供はできません。どうか君はしばらくお待ちください」。そして兵に触れ回って言った。「旗を振る者は公の味方である」。人々はこれに従った。元公は楊門からこれを見て、城から下りて兵の間を巡り、言った。「国が滅び君が死ぬのは、そなたたちの恥である。どうして私一人の罪であろうか」。斉の烏枝鳴が言った。「少ない兵で戦うには、全員が一斉に決死となるのが一番であり、一斉に決死となるには防具を捨てるのが一番です。敵は武器が多い。

解説

宋の内乱に呉が介入し、宋と斉の連合軍が迎え撃つ場面である。宋の廚人濮は兵法書を引いて「先んずれば人の心を奪い、後るれば其の衰えを待つ」と言い、疲れて陣が固まらない敵を即座に叩くよう進言した。のちの「先んずれば人を制す」に通じる考え方で、先手の利を相手の戦意に結びつけている点が要である。緒戦は勝ったが華登に巻き返され、元公は逃げ出そうとする。ここで濮は「死ぬことはできても逃亡のお供はできない」と君を押しとどめ、旗を振らせて味方を可視化した。元公も兵の間を巡り、国の滅亡は皆の恥だと訴える。戦いの帰趨を分けたのは兵数ではなく、誰が味方かをはっきりさせ、全員を当事者にしたことだった。劣勢のとき、指導者が逃げずに現場に立つ意味がよく表れている。

この章句が説くこと

先手士気当事者意識決断兵法

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る