春秋左氏伝 / 宣公十二年 人に先んずる
趙嬰齊使其徒先具舟于河,故敗而先濟。潘黨既逐魏錡,趙旃夜至於楚軍,席於軍門之外,使其徒入之。楚子為乘廣三十乘,分為左右。右廣,雞鳴而駕,日中而說,左則受之,日入而說。許偃御右廣,養由基為右。彭名御左廣,屈蕩為右。乙卯,王乘左廣,以逐趙旃。趙旃棄車而走林,屈蕩搏之,得其甲裳。晉人懼二子之怒楚師也,使軘車逆之。潘黨望其塵,使騁而告曰:「晉師至矣。」楚人亦懼王之入晉軍也,遂出陳。孫叔曰:「進之,寧我薄人,無人薄我。詩云:『元戎十乘,以先啟行,先人也。』軍志曰:『先人有奪人之心,薄之也。』」遂疾進師,車馳卒奔,乘晉軍。桓子不知所為,鼓於軍中,曰:「先濟者有賞。」
新字:趙嬰斉使其徒先具舟于河,故敗而先済。潘党既逐魏錡,趙旃夜至於楚軍,席於軍門之外,使其徒入之。楚子為乗広三十乗,分為左右。右広,鶏鳴而駕,日中而説,左則受之,日入而説。許偃御右広,養由基為右。彭名御左広,屈蕩為右。乙卯,王乗左広,以逐趙旃。趙旃棄車而走林,屈蕩搏之,得其甲裳。晋人懼二子之怒楚師也,使軘車逆之。潘党望其塵,使騁而告曰:「晋師至矣。」楚人亦懼王之入晋軍也,遂出陳。孫叔曰:「進之,寧我薄人,無人薄我。詩云:『元戎十乗,以先啓行,先人也。』軍志曰:『先人有奪人之心,薄之也。』」遂疾進師,車馳卒奔,乗晋軍。桓子不知所為,鼓於軍中,曰:「先済者有賞。」
書き下し
趙嬰齊其の徒をして先づ舟を河に具へしむ、故に敗れて先づ濟る。潘黨既に魏錡を逐ふ。趙旃夜楚の軍に至り、軍門の外に席して、其の徒をして之に入らしむ。楚子乘廣三十乘を為り、分ちて左右と為す。右廣は、雞鳴にして駕し、日中にして說く。左則ち之を受け、日入にして說く。許偃右廣に御し、養由基右と為る。彭名左廣に御し、屈蕩右と為る。乙卯、王左廣に乘りて、以て趙旃を逐ふ。趙旃車を棄てて林に走る、屈蕩之に搏ちて、其の甲裳を得たり。晉人二子の楚の師を怒らせんことを懼るるや、軘車をして之を逆へしむ。潘黨其の塵を望み、騁せて告げしめて曰く、「晉の師至れり」と。楚人も亦た王の晉の軍に入らんことを懼るるや、遂に出でて陳す。孫叔曰く、「之を進めよ。寧ろ我人に薄るとも、人の我に薄ること無かれ。詩に云ふ、『元戎十乘、以て先づ行を啟く』と、人に先んずるなり。軍志に曰く、『人に先んずれば人の心を奪ふこと有り』と、之に薄るなり」と。遂に疾く師を進め、車馳せ卒奔りて、晉の軍に乘ず。桓子為す所を知らず、軍中に鼓して、曰く、「先づ濟る者には賞有り」と。
現代語訳
趙嬰斉(晋の中軍の大夫)は、部下に命じてあらかじめ黄河に舟を用意させておいたので、敗れたときに真っ先に河を渡ることができた。潘党は魏錡を追い払ったあとであった。趙旃は夜になって楚の陣に着き、軍門の外に敷物を敷いて座り込み、部下を陣中に入り込ませた。楚子(荘王)は親衛の戦車「乗広」三十台を編成し、左右の二隊に分けていた。右広は鶏が鳴くと馬をつけ、正午に馬を外す。左広がそれを引き継ぎ、日が入ると馬を外す。許偃が右広の御者を務め、養由基が車右となった。彭名が左広の御者を務め、屈蕩が車右となった。乙卯の日、王は左広に乗って趙旃を追った。趙旃は車を捨てて林に逃げ込み、屈蕩が組みついて、その鎧の裳を奪い取った。晋人は二人(魏錡と趙旃)が楚軍を怒らせるのを恐れ、屯車(守備用の兵車)を出して二人を迎えに行かせた。潘党はその土煙を望み見て、早馬を走らせて告げさせた。「晋軍が来たぞ」。楚人のほうも、王が晋軍の中に入り込んでしまうのを恐れて、ついに陣を出て戦列を敷いた。孫叔(孫叔敖、楚の令尹)は言った。「進め。われらが敵に迫ることはあっても、敵にわれらへ迫らせてはならない。詩に『大きな兵車十台が、先に立って道を開く』とあるのは、人に先んじることを言う。軍志に『人に先んずれば、人の気持ちを奪うことができる』とあるのは、敵に迫ることを言う」。そこで急いで軍を進め、戦車は馳せ、歩兵は駆け、晋軍に襲いかかった。桓子(荀林父、晋の中軍の将)はなすすべを知らず、軍中で太鼓を打って言った。「先に河を渡った者には賞を与える」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
尉繚子・戰威善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
-
尉繚子・戰權兵法に曰く、「千人にして権を成し、万人にして武を成す。権先づ人に加ふる者は、敵力交へず。武先づ人に加ふる者は、敵威接せず」と。故に兵は先を貴ぶ。此に勝てば、則ち彼に勝つ。此に勝たざれば、則ち彼に勝たず。凡そ我往けば則ち彼来たり、彼来たれば則ち我往き、相勝敗を為す、此れ戦の理の然るなり。夫れ精誠は神明に在り、戦権は道の極まる所に在り。有る者は之を無くし、無き者は之を有らしむ、安んぞ之を信ずる所あらん。先王の伝聞する所の者は、正に任じ詐を去り、其の慈順を存し、決して留刑無し。故に道を知る者は、必ず先づ止まるを知らざるの敗を図る、悪んぞ必ず往きて功有るに在らんや。軽く進みて戦を求むれば、敵復た止まるを図り、我往きて敵勝を制す。故に兵法に曰く、「求めて之に従ひ、見て之に加へ、主人敢へて当たらざるに之を陵げば、必ず其の権を喪ふ」と。凡そ奪はるる者は気無く、恐るる者は守るべからず、敗るる者は人無し、兵に道無ければなり。意往きて疑はざれば、則ち之に従ふ。敵を奪ひて前無ければ、則ち之に加ふ。明らかに視て高く居れば、則ち之を威す。兵の道極まれり。其の言謹み無ければ、偸みて失はしむ。其の陵犯節無ければ、破る。水のごとく潰し雷のごとく撃てば、三軍乱る。必ず其の危ふきを安んじ、其の患を去り、智を以て之を決す。之を高くするに廊廟の論を以てし、之を重くするに受命の論を以てし、之を鋭くするに踰垠の論を以てすれば、則ち敵国戦はずして服すべし。
-
李衛公問対・卷上兵を善く用うる者は、先ず測る可からざるを為せば、則ち敵は其の之く所に乖く。
-
李衛公問対・卷中兵は主為るを貴び、客為るを貴ばず。速やかなるを貴び、久しきを貴ばず。
-
孫子・軍争篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、将、命を君より受け、軍を合し衆を聚め、和を交へて舍る。軍争より難きは莫し。
-
五輪書・風の巻太刀の構へを専らにする所、ひが事なり。世の中に、構のあらん事は、敵のなき時の事なるべし。其子細は、昔よりの例、今の世の法などとして、法例をたつる事は、勝負の道には有るべからず。其あいての、あしき様にたくむ事なり。物毎に構と云ふ事は、ゆるがぬ所を用(もち)ゐる心なり。或は城をかまふる、或は陣をかまふるなどは、人にしかけられても、つよくうごかぬ心、是れ常の儀なり。兵法勝負の道に於ては、何事も先手先手と心懸くる事なり。かまふると云ふ心は、先手を待つ心なり。能々(よくよく)工夫有るべし。兵法勝負の道、人の構をうごかせ、敵の心になき事をしかけ、或は敵をうろめかせ、或はむかつかせ、又はおびやかし、敵のまぎるる所の拍子の利をうけて勝つ事なれば、構と云ふ後手の心を嫌ふなり。然る故に、我道に有構無構(うこうむこう)といひて、構は有りて構は無きと云ふ所なり。大分の兵法にも、敵の人数の多少を覚え、其戦場の所を受け、我人数の位を知り、其徳を得て、人数をたて戦をはじむる事、それ合戦の専なり。人に先をしかけられたる事と、我人にしかくる時は、一倍もかはる心なり。太刀を能(よ)く構へ、敵の太刀を能く受け、能くはるとおぼゆるは、槍・長太刀を持(も)ちて、さくにふりたると同じ。敵を打つ時は、又さく木をぬきて、槍・長太刀につかふ程の心なり。能々(よくよく)吟味有るべき事なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る