甲陽軍鑑 / 品第四十
但それは主もたぬ大名の事、一萬の人數を引まはせども、大將を持て其先をする人は、敵に向ひ餘り遠慮だていかゞなり、其いはれは、いたらぬ者共侍大將の遠慮するを、敵におづると思ひめしつるゝ、そう軍が氣遣ひをして敵におぢ、味かたの威勢よはくなるなり、則政公内衆も其味にて、氏康に度々にしまげられてこそありつらめ、と高坂が云へば、
新字:但それは主もたぬ大名の事、一万の人数を引まはせども、大将を持て其先をする人は、敵に向ひ余り遠慮だていかゞなり、其いはれは、いたらぬ者共侍大将の遠慮するを、敵におづると思ひめしつるゝ、そう軍が気遣ひをして敵におぢ、味かたの威勢よはくなるなり、則政公内衆も其味にて、氏康に度々にしまげられてこそありつらめ、と高坂が云へば、
書き下し
但それは主もたぬ大名の事、一万の人数を引まはせども、大将を持て其先をする人は、敵に向ひ余り遠慮だていかゞなり、其いはれは、いたらぬ者共侍大将の遠慮するを、敵におづると思ひめしつるゝ、そう軍が気遣ひをして敵におぢ、味かたの威勢よはくなるなり、則政公内衆も其味にて、氏康に度々にしまげられてこそありつらめ、と高坂が云へば、
現代語訳
ただしそれは主を持たぬ大名の事。一万の人数を引き回せども、大将を持ってその先をする人は、敵に向かってあまり遠慮だてがいかがである。そのいわれは、至らぬ者どもが侍大将の遠慮するのを、敵に怖じると思い召し連れる。総軍が気遣いをして敵に怖じ、味方の威勢が弱くなるのである。則政公の内衆もその味にて、氏康に度々に押し曲げられてこそあったろうと高坂が言えば。
解説

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『春秋左氏伝』昭公二十一年 先んずれば人の心を奪う冬、十月、華登吳の師を以って華氏を救ふ。齊の烏枝鳴宋を戍る。廚人濮曰く、「軍志に之れ有り、『人に先んずれば人の心を奪ふ有り、人に後るれば其の衰へを待つ有り』と。盍ぞ其の勞して且つ未だ定まらざるに及びて、諸を伐たざる。若し入りて固くせば、則ち華氏衆からん。悔ゆとも及ぶ無からん」と。之に從ふ。丙寅、齊の師・宋の師、吳の師を鴻口に敗り、其の二帥、公子苦雂・偃州員を獲たり。華登、其の餘を帥ゐて以って宋の師を敗る。公出でんと欲す。廚人濮曰く、「吾は小人なり、死を藉(か)す可くして亡を送る能はず。君請ふ之を待て」と。乃ち徇へて曰く、「徽を楊ぐる者は、公の徒なり」と。衆之に從ふ。公楊門より之を見、下りて之を巡りて曰く、「國亡び君死するは、二三子の恥なり。豈に專ら孤の罪ならんや」と。齊の烏枝鳴曰く、「少を用ゐるは齊しく死を致すに如くは莫く、齊しく死を致すは備へを去るに如くは莫し。彼は兵多し。
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『墨子』雜守禽子、問いて曰く、客、衆くして勇み、輕意にして威を見し、以て主人を駭かし、薪上、俱に上り、以て羊坽を為し、土を積みて髙きを為し、以て民に臨み、櫓、俱に前み、遂に之を城に屬け、兵弩、俱に上らば、之を為すこと奈何。子墨子曰く、子は羊坽の守を問うか。羊坽なる者は、之を攻むるの拙なる者なり。以て卒を勞するに足るも、以て城を害するに足らず。羊坽の政、逺く攻むれば則ち害も逺く、城に近づけば則ち害も近し。城に至らず。矢石、休む無く、左右、趣きて射る。蘭を柱の後と為し、望みて以て固くす。吾が鋭卒を厲まし、慎んで顧みしむる無かれ。守る者、下るを重んじ、攻むる者、去るを輕んず。勇を養い髙く奮えば、民心、百倍す。百執、數少なくして乃ち殆からず。士を作すこと休まず、禁禦する能わずして、遂に之を城に屬けば、雲梯を禦ぐの法を以て之に應ず。
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孫子・虚実篇孫子曰く、凡そ先に戦地に処して敵を待つ者は佚く、後に戦地に処して戦いに趨く者は労す。
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『春秋左氏伝』宣公十二年 人に先んずる趙嬰齊其の徒をして先づ舟を河に具へしむ、故に敗れて先づ濟る。潘黨既に魏錡を逐ふ。趙旃夜楚の軍に至り、軍門の外に席して、其の徒をして之に入らしむ。楚子乘廣三十乘を為り、分ちて左右と為す。右廣は、雞鳴にして駕し、日中にして說く。左則ち之を受け、日入にして說く。許偃右廣に御し、養由基右と為る。彭名左廣に御し、屈蕩右と為る。乙卯、王左廣に乘りて、以て趙旃を逐ふ。趙旃車を棄てて林に走る、屈蕩之に搏ちて、其の甲裳を得たり。晉人二子の楚の師を怒らせんことを懼るるや、軘車をして之を逆へしむ。潘黨其の塵を望み、騁せて告げしめて曰く、「晉の師至れり」と。楚人も亦た王の晉の軍に入らんことを懼るるや、遂に出でて陳す。孫叔曰く、「之を進めよ。寧ろ我人に薄るとも、人の我に薄ること無かれ。詩に云ふ、『元戎十乘、以て先づ行を啟く』と、人に先んずるなり。軍志に曰く、『人に先んずれば人の心を奪ふこと有り』と、之に薄るなり」と。遂に疾く師を進め、車馳せ卒奔りて、晉の軍に乘ず。桓子為す所を知らず、軍中に鼓して、曰く、「先づ濟る者には賞有り」と。
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戦国策・或謂公仲或るひと公仲に謂いて曰く、「今一舉にして以て主に忠にし、國に便にし、身に利する可き有り、願わくは公の之を行わんことを。今天下散じて秦に事うれば、則ち韓最も輕んぜられん。天下合して秦を離るれば、則ち韓最も弱からん。合離の相續けば、則ち韓最も先に危うからん。此れ君國長民の大患なり。今公韓を以て先に秦に合すれば、天下之に隨わん、是れ韓天下を以て秦に事うるなり、秦の韓を德とすること厚し。韓天下と與に秦に朝すれども、獨り厚く德を取れば、公の之を行うの計、是れ其の主に於けるや至忠なり。天下秦に合せず、秦令すれども聽かざれば、秦必ず兵を起こして服せざるを誅せん。秦久しく天下と怨みを結び難を構え、兵決せず、韓士民を息めて以て其の亹を待たば、公の之を行うの計、是れ其の國に於けるや、大便なり。昔者周佼西周を以て秦に善くして、梗陽に封ぜられ、周啟東周を以て秦に善くして、平原に封ぜらる。今公韓を以て秦に善くすれば、韓の兩周に重きこと計る無く、秦の機を爭うや、周の時より萬なり。今公韓を以て天下に先んじて秦に合すれば、秦必ず公を以て諸侯と為し、以て明らかに天下に示さん、公の之を行うの計、是れ其の身に於けるや大利なり。願わくは公の務めを加えんことを。」
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