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春秋左氏伝 / 昭公二十年 我能く死し、爾能く報いよ

召而不來。是再奸也。逃無所入!王曰。歸。從政如他日。無極曰奢之子材。若在吳必憂楚國。盍以免其父召之。彼仁必來。不然將為患。王使召之。曰。來。吾免而父。棠君尚謂其弟員曰。爾適吳。我將歸死。吾知不逮。我能死。爾能報。聞免父之命,不可以莫之奔也!親戚為戮,不可以莫之報也!奔死免父。孝也。度功而行。仁也。擇任而往。知也。知死不辟。勇也。父不可棄。名不可廢。爾其勉之。相從為愈。伍尚歸。奢聞員不來。曰。楚君大夫其旰食乎。楚人皆殺之。員如吳。言伐楚之利於州于。公子光曰。是宗為戮。而欲反其讎。不可從也。員曰。彼將有他志。余姑為之求士。而鄙以待之。乃見鱄設諸焉。而耕於鄙。

新字:召而不来。是再奸也。逃無所入!王曰。帰。従政如他日。無極曰奢之子材。若在呉必憂楚国。盍以免其父召之。彼仁必来。不然将為患。王使召之。曰。来。吾免而父。棠君尚謂其弟員曰。爾適呉。我将帰死。吾知不逮。我能死。爾能報。聞免父之命,不可以莫之奔也!親戚為戮,不可以莫之報也!奔死免父。孝也。度功而行。仁也。択任而往。知也。知死不辟。勇也。父不可棄。名不可廃。爾其勉之。相従為愈。伍尚帰。奢聞員不来。曰。楚君大夫其旰食乎。楚人皆殺之。員如呉。言伐楚之利於州于。公子光曰。是宗為戮。而欲反其讎。不可従也。員曰。彼将有他志。余姑為之求士。而鄙以待之。乃見鱄設諸焉。而耕於鄙。

書き下し

召されて來らずんば、是れ再び奸すなり。逃るるも入る所無し」と。王曰く、「歸れ。政に從ふこと他日の如くせよ」と。無極曰く、「奢の子は材あり。若し吳に在らば、必ず楚國を憂へしめん。盍ぞ其の父を免すを以て之を召さざる。彼仁なれば必ず來らん。然らずんば將に患ひと為らん」と。王をして之を召さしめて曰く、「來れ。吾而(なんぢ)の父を免さん」と。棠君尚其の弟員に謂ひて曰く、「爾は吳に適け。我は將に歸りて死せんとす。吾が知は逮ばず。我能く死し、爾能く報いよ。父を免すの命を聞きて、以て之に奔ること莫かる可からず。親戚戮せらるるに、以て之に報ゆること莫かる可からず。死に奔りて父を免るるは、孝なり。功を度りて行ふは、仁なり。任を擇びて往くは、知なり。死を知りて辟けざるは、勇なり。父は棄つ可からず、名は廢す可からず。爾其れ之を勉めよ。相從ふを愈れりと為す」と。伍尚歸る。奢員の來らざるを聞きて曰く、「楚の君・大夫、其れ旰食せんか」と。楚人皆之を殺す。員吳に如き、楚を伐つの利を州于に言ふ。公子光曰く、「是れ宗戮せられて、其の讎に反(かへ)さんと欲するなり。從ふ可からず」と。員曰く、「彼將に他志有らんとす。余姑く之が為に士を求めて、鄙にて以て之を待たん」と。乃ち鱄設諸を見えしめて、鄙に耕す。

現代語訳

(奮揚は続けた。)「そのうえ召されて参上しなければ、二度罪を犯すことになります。逃げたところで、身を寄せる所もありません」。王は言った。「帰るがよい。以前と同じように政務に励め」。費無極が言った。「伍奢の子たちは才能があります。もし呉に行けば、必ず楚の悩みの種となるでしょう。どうして父を許すと言って呼び寄せないのですか。彼らは親思いですから必ず来るでしょう。そうしなければ、いずれ災いとなります」。王は使者を遣わして二人を呼び、「来い。お前たちの父を許してやろう」と言わせた。棠の邑の長である伍尚が、弟の員(伍子胥)に言った。「お前は呉に行け。私は帰って死ぬ。私の知恵はお前に及ばない。私は死ぬことができ、お前は仇を討つことができる。父を許すという命令を聞いた以上、駆けつけないわけにはいかない。肉親が殺されようとしているのに、仇を討たないわけにもいかない。死地に赴いて父の赦免を願うのは孝である。成し遂げられることを見はかって行うのは仁である。自分に合った任務を選んで行くのは知である。死ぬと分かっていて避けないのは勇である。父を見捨ててはならず、家の名を絶やしてもならない。お前は努めよ。それぞれの道に従うのが、二人ともに死ぬよりまさっている」。伍尚は帰った。伍奢は員が来ないと聞いて言った。「楚の君や大夫たちは、これから食事どきが遅れるほど(呉への対応に)追われることになるだろう」。楚は伍奢と伍尚をともに殺した。員は呉に行き、州于(呉王僚)に楚を攻める利を説いた。公子光(のちの呉王闔閭)が言った。「この男は一族を殺されて、その仇を討ちたいだけだ。従ってはならない」。員は言った。「あの公子光には別の野心がある。私はひとまず彼のために勇士を探し出してやり、自分は田舎にひっそり住んで時を待とう」。そこで鱄設諸(せんせつしょ、専諸)を公子光に引き合わせ、自分は郊外で田を耕した。

解説

伍子胥の復讐の物語の起点である。費無極は、伍奢の二人の子は才があるから呉に行かせれば楚の憂いになる、父を許すと言って呼び寄せよと進言する。罠と知りながら、兄の伍尚は弟の員(伍子胥)に「我能く死し、爾能く報いよ」と言い、自らは父のもとへ帰って死ぬ道を選ぶ。死地に赴くのは孝、成功を見はかって行うのは仁、任を選ぶのは知、死を避けないのは勇と、兄弟の役割を四つの徳で振り分け、二人とも死ぬより分かれて道を行くほうがよいと結ぶ。兄が逃げず弟が逃げることを、どちらも徳にかなうものとして位置づけたのである。父伍奢は員が来ないと聞いて、楚の君臣は食事も遅れるほど追われるだろうと言う。やがて伍子胥は呉で公子光の野心を見抜き、専諸を推薦して時を待つ。呉王僚の暗殺と、のちの楚都攻略への布石である。同じ目的のために、それぞれの力に応じて違う役割を引き受けること。伍尚の言葉はその分担を言い当てている。

この章句が説くこと

孝役割分担復讐覚悟時機

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