春秋左氏伝 / 昭公十三年 衆怒は犯す可からず
先除王宮。使觀從從師于乾谿。而遂告之。且曰。先歸復所。後者劓。師及訾梁而潰。王聞群公子之死也。自投于車下。曰。人之愛其子也。亦如余乎。侍者曰。甚焉。小人老而無子。知擠于溝壑矣。王曰。余殺人子多矣。能無及此乎。右尹子革曰。請待于郊。以聽國人。王曰。眾怒不可犯也。曰。若入於大都。而乞師於諸侯。王曰。皆叛矣。曰。若亡於諸侯。以聽大國之圖君也。王曰。大福不再。祇取辱焉。然丹乃歸于楚。王沿夏。將欲入鄢。芋尹無宇之子申亥曰。吾父再奸王命。王弗誅。惠孰大焉。君不可忍。惠不可棄。吾其從王。乃求王。遇諸棘圍。以歸。
新字:先除王宮。使観従従師于乾谿。而遂告之。且曰。先帰復所。後者劓。師及訾梁而潰。王聞群公子之死也。自投于車下。曰。人之愛其子也。亦如余乎。侍者曰。甚焉。小人老而無子。知擠于溝壑矣。王曰。余殺人子多矣。能無及此乎。右尹子革曰。請待于郊。以聴国人。王曰。衆怒不可犯也。曰。若入於大都。而乞師於諸侯。王曰。皆叛矣。曰。若亡於諸侯。以聴大国之図君也。王曰。大福不再。祇取辱焉。然丹乃帰于楚。王沿夏。将欲入鄢。芋尹無宇之子申亥曰。吾父再奸王命。王弗誅。恵孰大焉。君不可忍。恵不可棄。吾其従王。乃求王。遇諸棘囲。以帰。
書き下し
先づ王宮を除ふ。觀從をして師に乾谿に從はしめて、遂に之に告げしむ。且つ曰く、「先に歸る者は所を復し、後るる者は劓らん」と。師訾梁に及びて潰ゆ。王群公子の死を聞くや、自ら車下に投じて曰く、「人の其の子を愛するや、亦た余の如きか」と。侍者曰く、「焉より甚だし。小人老いて子無くんば、溝壑に擠とさるるを知る」と。王曰く、「余人の子を殺すこと多し。能く此に及ぶこと無からんや」と。右尹子革曰く、「請ふ郊に待ちて、以って國人に聽かん」と。王曰く、「眾怒は犯す可からざるなり」と。曰く、「若し大都に入りて、師を諸侯に乞はん」と。王曰く、「皆叛けり」と。曰く、「若し諸侯に亡れて、以って大國の君を圖るを聽かん」と。王曰く、「大福は再びせず。祇だ辱を取るのみ」と。然丹乃ち楚に歸る。王夏に沿ひて、將に鄢に入らんと欲す。芋尹無宇の子申亥曰く、「吾が父再び王命を奸せども、王誅せず。惠孰れか焉より大ならん。君は忍ぶ可からず、惠は棄つ可からず。吾其れ王に從はん」と。乃ち王を求め、諸を棘圍に遇ひて、以って歸る。
現代語訳
まず王宮を清めた。そして観従を乾谿の霊王の軍のもとへ行かせ、兵士たちに事の次第を告げさせた。観従はさらに言った。「先に帰った者は元の地位と所領を回復させる。遅れた者は鼻そぎの刑に処する」。霊王の軍は訾梁まで来たところで崩れ散った。王は公子たち(自分の子)が殺されたと聞くと、自ら車の下に身を投げて言った。「人がわが子を愛するのも、私と同じくらいなのだろうか」。侍者が言った。「それ以上でございます。身分の低い者は、年老いて子がなければ、溝に突き落とされて野垂れ死ぬと分かっていますから」。王は言った。「私は人の子を多く殺してきた。こうなるのを免れることができようか」。右尹の子革が言った。「どうか都の郊外で待って、国人の意向を聞きましょう」。王は言った。「衆人の怒りには逆らえない」。子革は言った。「では大きな都邑に入って、諸侯に援軍を求めましょう」。王は言った。「みな叛いてしまった」。子革は言った。「では諸侯のもとに亡命して、大国が君のために計らってくれるのを待ちましょう」。王は言った。「大きな福は二度とは来ない。ただ恥をかくだけだ」。そこで然丹(子革)は王のもとを去って楚の都に帰った。王は夏水に沿って下り、鄢に入ろうとした。芋尹無宇の子の申亥が言った。「わが父は二度も王命を犯したが、王は誅殺しなかった。これより大きな恩恵があろうか。君主を見捨てるのは忍びないし、恩を忘れることはできない。私は王に従おう」。そこで王を探し求め、棘囲で出会って、自分の家に連れ帰った。
解説
この章句が説くこと
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史記 晋世家子圉遂に亡げて晋に帰る。十四年九月、恵公卒し、太子圉立つ。是を懐公と為す。子圉の亡ぐるや、秦之を怨み、乃ち公子重耳を求め、之を内れんと欲す。子圉の立つや、秦の伐たんことを畏る。乃ち国中の諸々の重耳に従ひて亡げし者に令して与に期し、期尽きて到らざる者は尽く其の家を滅ぼさんとす。狐突の子毛及び偃重耳に従ひて秦に在り。召すを肯ぜず。懐公怒り、狐突を囚ふ。突曰く、「臣の子重耳に事ふること年数有り。今之を召すは、是れ之に君に反くことを教ふるなり。何を以て之を教へん」と。懐公卒に狐突を殺す。秦の繆公乃ち兵を発して送りて重耳を内れ、人をして欒・郤の党に告げて内応を為さしめ、懐公を高梁に殺し、重耳を入る。重耳立つ。是を文公と為す。晋の文公重耳は、晋の献公の子なり。少きより士を好み、年十七にして、賢士五人有り。趙衰と曰ひ、狐偃咎犯、文公の舅なり、賈佗、先軫、魏武子なり。献公の太子為りし時より、重耳固より已に成人たり。献公即位するとき、重耳年二十一なり。献公の十三年、驪姫の故を以て、重耳蒲城に備へて秦を守る。献公の二十一年、献公太子申生を殺す。驪姫之を讒す。恐れて、献公に辞せずして蒲城を守る。献公の二十二年、献公宦者履鞮をして趣(すみ)やかに重耳を殺さしむ。重耳垣を踰ゆ。宦者逐ひて其の衣袪を斬る。重耳遂に狄に奔る。狄は、其の母の国なり。是の時重耳年四十三なり。此の五士に従ひ、其の余の名あらざる者数十人、狄に至る。狄咎如を伐ち、二女を得たり。長女を以て重耳に妻し、伯鯈・叔劉を生む。少女を以て趙衰に妻し、盾を生む。狄に居ること五歳にして晋の献公卒す。里克已に奚斉・悼子を殺し、乃ち人をして迎へしめ、重耳を立てんと欲す。重耳殺されんことを畏れ、因りて固く謝し、敢て入らず。已にして晋更に其の弟夷吾を迎へて之を立つ。是を恵公と為す。
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史記 楚世家陳・蔡に君として、方城の外焉に属す。苛慝作らず、盗賊伏隠し、私欲違はず、民に怨心無し。先神之に命じ、国民之を信ず。羋姓に乱有らば、必ず季実に立つは、楚の常なり。子比の官は、則ち右尹なり。其の貴寵を数ふれば、則ち庶子なり。神の命ずる所を以てすれば、則ち又之に遠し。民に懐ふこと無し。将た何を以て立たん」と。宣子曰く、「斉の桓・晋の文も亦た是ならずや」と。対へて曰く、「斉の桓は、衛姫の子なり。釐公に寵有り。鮑叔牙・賓須無・隰朋有りて以て輔と為し、莒・衛有りて以て外主と為し、高・国有りて以て内主と為す。善に従ふこと流るるが如く、恵みを施して倦まず。国を有つこと、亦た宜ならずや。昔我が文公は、狐季姫の子なり。献公に寵有り。学を好みて倦まず。生まれて十七年にして、士五人有り。先大夫子余・子犯有りて以て腹心と為し、魏犫・賈佗有りて以て股肱と為し、斉・宋・秦・楚有りて以て外主と為し、欒・郤・狐・先有りて以て内主と為す。亡ぐること十九年、志を守ること彌々篤し。恵・懐民を棄て、民従ひて之に与す。故に文公国を有つこと、亦た宜ならずや。子比は民に施すこと無く、外に援け無し。晋を去るも、晋送らず。楚に帰るも、楚迎へず。何を以て国を有たん」と。子比果たして終へず。卒に立つ者は棄疾なり。叔向の言の如し。平王の二年、費無忌をして秦に如きて太子建の為に婦を取らしむ。婦好し。来たりて、未だ至らざるに、無忌先に帰り、平王に説きて曰く、「秦の女好し。自ら娶るべし。太子の為に更に求めよ」と。平王之を聴き、卒に自ら秦の女を娶り、熊珍を生む。更に太子の為に娶る。是の時伍奢太子の太傅為り、無忌少傅為り。無忌太子に寵無く、常に太子建を讒悪す。建時に年十五なり。其の母は蔡の女なり。王に寵無く、王稍く益々建を疎外す。六年、太子建をして城父に居り、辺を守らしむ。
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