春秋左氏伝 / 昭公十三年 喪職の族、乱を作す
楚子之為令尹也。殺大司馬薳掩而取其室。及即位。奪薳居田。遷許而質許圍。蔡洧有寵於王。王之滅蔡也。其父死焉。王使與於守。而行。申之會。越大夫戮焉。王奪鬥韋龜中犨。又奪成然邑。而使為郊尹。蔓成然故事蔡公。故薳氏之族。及薳居。許圍。蔡洧。蔓成然。皆王所不禮也。因群喪職之族。啟越大夫常壽過作亂。圍固城。克息舟城而居之。觀起之死也。其子從在蔡。事朝吳曰。今不封蔡。蔡不封矣。我請試之。以蔡公之命召子干。子皙。及郊而告之情。強與之盟。入襲蔡。蔡公將食。見之而逃。觀從使子干飲坎用牲。加書而速行。己徇於蔡曰。蔡公召二子。
新字:楚子之為令尹也。殺大司馬薳掩而取其室。及即位。奪薳居田。遷許而質許囲。蔡洧有寵於王。王之滅蔡也。其父死焉。王使与於守。而行。申之会。越大夫戮焉。王奪鬥韋亀中犨。又奪成然邑。而使為郊尹。蔓成然故事蔡公。故薳氏之族。及薳居。許囲。蔡洧。蔓成然。皆王所不礼也。因群喪職之族。啓越大夫常寿過作乱。囲固城。克息舟城而居之。観起之死也。其子従在蔡。事朝呉曰。今不封蔡。蔡不封矣。我請試之。以蔡公之命召子干。子皙。及郊而告之情。強与之盟。入襲蔡。蔡公将食。見之而逃。観従使子干飲坎用牲。加書而速行。己徇於蔡曰。蔡公召二子。
書き下し
楚子の令尹為るや、大司馬薳掩を殺して其の室を取る。即位するに及び、薳居の田を奪ふ。許を遷して許圍を質とす。蔡洧王に寵有り。王の蔡を滅すや、其の父焉に死す。王守に與らしめて行る。申の會に、越の大夫焉に戮せらる。王鬥韋龜の中犨を奪ひ、又成然の邑を奪ひて、郊尹為らしむ。蔓成然故蔡公に事ふ。故に薳氏の族、及び薳居・許圍・蔡洧・蔓成然は、皆王の禮せざる所なり。群喪職の族に因り、越の大夫常壽過を啟きて亂を作さしめ、固城を圍み、息舟に克ちて城きて之に居る。觀起の死するや、其の子從蔡に在りて、朝吳に事へて曰く、「今蔡を封ぜずんば、蔡封ぜられざらん。我請ふ之を試みん」と。蔡公の命を以って子干・子皙を召し、郊に及びて之に情を告げ、強ひて之と盟ひ、入りて蔡を襲ふ。蔡公將に食せんとす。之を見て逃ぐ。觀從子干をして坎に飲ましめ、牲を用ひ、書を加へて速やかに行かしむ。己(おのれ)蔡に徇へて曰く、「蔡公二子を召せり。
現代語訳
楚子(霊王)は令尹であったころ、大司馬の薳掩を殺してその家財を奪った。即位すると、薳居の田地を奪った。許の国を移転させ、許の大夫許囲を人質にとった。蔡洧は王に寵愛されていたが、王が蔡を滅ぼしたとき、その父が戦死していた。王は蔡洧を都の留守の役に加えて、自らは出陣した。また申の会では、越の大夫が辱めを受けた。王はまた鬥韋亀から中犨の邑を奪い、さらにその子成然(蔓成然)の邑を奪って、郊尹(都の郊外の長官)にした。蔓成然はもともと蔡公(公子棄疾、王の弟)に仕えていた。こうして、薳氏の一族、および薳居・許囲・蔡洧・蔓成然は、みな王から礼遇されない者たちであった。彼らは職を失った一族たちを頼みとし、越の大夫常寿過をそそのかして乱を起こさせ、固城を包囲し、息舟を攻め落として城を築き、そこに立てこもった。かつて観起が霊王に殺されたとき、その子の観従は蔡にいて、蔡の朝呉に仕えていた。観従は朝呉に言った。「いま蔡を再興しなければ、蔡はもう二度と封じられないでしょう。私にやらせてください」。観従は蔡公の命令だと偽って、公子の子干(比)と子皙(黒肱)を呼び寄せ、郊外まで来たところで本当の事情を告げ、無理に二人と盟約を結び、蔡の城に乗り込んで襲った。蔡公はちょうど食事をしようとしていたが、二人を見て逃げた。観従は子干に、穴を掘って犠牲の血をすすらせ、盟約の書をその上に置いて(蔡公と盟ったように見せかけ)、すぐに立ち去らせた。観従自身は蔡の人々に触れ回った。「蔡公が二人の公子を呼び寄せた。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』昭公十三年 上に違ひて何くに適かん將に之を納れんとす。之と盟ひて之を遣れり。將に師して之に從はんとす」と。蔡人聚まり、將に之を執へんとす。辭して曰く、「賊を失ひて軍を成せり。而るに余を殺すも何の益かあらん」と。乃ち之を釋す。朝吳曰く、「二三子若し能く死亡せば、則ち之に違ひて、以って濟る所を待つに如かず。若し安定を求めば、則ち之に與して、以って欲する所を濟すに如かず。且つ上に違ひて何くに適きてか可ならん」と。眾曰く、「之に與せん」と。乃ち蔡公を奉じて二子を召し、鄧に盟ひ、陳・蔡の人に依るに國を以ってす。楚の公子比・公子黑肱・公子棄疾・蔓成然・蔡の朝吳、陳・楚・不羹・許・葉の師を帥ゐ、四族の徒に因りて以って楚に入る。郊に及び、陳・蔡名を為さんと欲し、故に武軍を為らんと請ふ。蔡公之を知りて曰く、「速やかならんことを欲す。且つ役病めり。請ふ藩するのみ」と。乃ち藩して軍と為す。蔡公須務牟と史猈とをして先づ入らしめ、正僕人に因りて大子祿及び公子罷敵を殺さしむ。公子比王と為り、公子黑肱令尹と為りて、魚陂に次る。公子棄疾司馬と為る。
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史記 楚世家八年、公子棄疾をして兵を将ゐて陳を滅ぼさしむ。十年、蔡侯を召し、酔はしめて之を殺す。棄疾をして蔡を定めしめ、因りて陳蔡公と為す。十一年、徐を伐ちて以て呉を恐れしむ。霊王乾谿に次りて以て之を待つ。王曰く、「斉・晋・魯・衛は、其の封皆宝器を受く。我独り否ず。今吾使ひをして周に鼎を求めて以て分と為さしめば、其れ我に予へんか」と。析父対へて曰く、「其れ君王に予へんかな。昔我が先王熊繹荊山に辟在し、蓽露藍蔞して以て草莽に処り、山林を跋渉して以て天子に事へ、唯だ是の桃弧棘矢を以て王事に共(きょう)す。斉は、王の舅なり。晋及び魯・衛は、王の母弟なり。楚是を以て分無くして彼皆有り。周今四国と君王に服事す。将に惟だ命を是れ従はんとす。豈に敢て鼎を愛しまんや」と。霊王曰く、「昔我が皇祖伯父昆吾旧許に是れ宅す。今鄭人其の田を貪りて、我に予へず。今我之を求めば、其れ我に予へんか」と。対へて曰く、「周鼎を愛しまず。鄭安んぞ敢て田を愛しまん」と。霊王曰く、「昔諸侯我を遠ざけて晋を畏る。今吾大いに陳・蔡・不羹に城き、賦皆千乗なり。諸侯我を畏れんか」と。対へて曰く、「畏れんかな」と。霊王喜びて曰く、「析父善く古事を言ふ」と。十二年春、楚の霊王乾谿を楽しみ、去ること能はず。国人役に苦しむ。初め、霊王兵を申に会し、越の大夫常寿過を僇(はづかし)め、蔡の大夫観起を殺す。起の子従亡げて呉に在り。乃ち呉王に楚を伐たんことを勧め、越の大夫常寿過を間して乱を作さしめ、呉の間と為る。矯りて公子棄疾の命と称して公子比を晋より召さしめ、蔡に至り、呉・越の兵と蔡を襲はんと欲す。公子比をして棄疾に見えしめ、与に鄧に盟ふ。遂に入りて霊王の太子禄を殺し、子比を立てて王と為し、公子子皙を令尹と為し、棄疾を司馬と為す。先づ王宮を除き、観従師に乾谿に従ひ、楚の衆に令して曰く、「国に王有り。先に帰れば、爵邑田室を復す。後るる者は之を遷さん」と。
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『春秋左氏伝』昭公十三年 未だ民人を撫せず楚の蔡を滅すや、靈王許・胡・沈・道・房・申を荊に遷す。平王即位し、既に陳・蔡を封じて、皆之を復す。禮なり。隱大子の子廬、蔡に歸る。禮なり。悼大子の子吳、陳に歸る。禮なり。冬十月、蔡の靈公を葬る。禮なり。公晉に如く。荀吳韓宣子に謂ひて曰く、「諸侯相朝するは、舊好を講ずるなり。其の卿を執へて其の君を朝せしむるは、好からざる有り。之を辭するに如かず」と。乃ち士景伯をして公を河に辭せしむ。吳州來を滅す。令尹子期吳を伐たんと請ふ。王許さずして曰く、「吾未だ民人を撫せず、未だ鬼神に事へず、未だ守備を脩めず、未だ國家を定めず。而して民力を用ひば、敗るとも悔ゆ可からず。州來吳に在るは、猶ほ楚に在るがごときなり。子姑く之を待て」と。季孫猶ほ晉に在り。子服惠伯中行穆子に私して曰く、「魯の晉に事ふる、何を以ってか夷の小國に如かざる。魯は兄弟なり。土地猶ほ大にして、命ずる所能く具ふ。若し夷の為に之を棄て、齊・楚に事へしめば、
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『春秋左氏伝』昭公十一年 幣重くして言甘し十一年、春、王の二月、叔弓宋に如く。平公を葬るなり。景王萇弘に問ひて曰く、「今茲諸侯、何か實に吉にして、何か實に凶なる」と。對へて曰く、「蔡凶なり。此れ蔡侯般其の君を弒するの歲なり。歲豕韋に在り。此を過ぎず。楚將に之を有たんとす。然れども壅むるなり。歲大梁に及びて、蔡復し楚凶ならん。天の道なり」と。楚子申に在り。蔡の靈侯を召す。靈侯將に往かんとす。蔡の大夫曰く、「王は貪にして信無し。唯だ蔡に於いて感む。今幣重くして言甘し。我を誘ふなり。往く無きに如かず」と。蔡侯可かず。五月、丙申、楚子甲を伏せて蔡侯に申に饗す。醉はしめて之を執ふ。
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『春秋左氏伝』昭公十三年 衆怒は水火の如し夏五月癸亥、王芋尹申亥氏に縊る。申亥其の二女を以って殉じて之を葬る。觀從子干に謂ひて曰く、「棄疾を殺さずんば、國を得と雖も、猶ほ禍を受けん」と。子干曰く、「余忍びざるなり」と。子玉曰く、「人將に子に忍びんとす。吾俟つに忍びざるなり」と。乃ち行る。國每夜駭きて曰く、「王入れり」と。乙卯の夜、棄疾周走して呼ばしめて曰く、「王至れり」と。國人大いに驚く。蔓成然をして走りて子干・子皙に告げしめて曰く、「王至れり。國人君の司馬を殺せり。將に來らんとす。君若し早く自ら圖らば、以って辱無かる可し。眾怒は水火の如し、謀を為す可からず」と。又呼びて走り至る者有りて曰く、「眾至れり」と。二子皆自殺す。丙辰、棄疾即位し、名づけて熊居と曰ふ。子干を于訾に葬る、實に訾敖たり。囚を殺し、之に王服を衣せて、諸を漢に流し、乃ち取りて之を葬り、以って國人を靖んず。子旗をして令尹為らしむ。楚師徐より還る。吳人諸を豫章に敗り、其の五帥を獲たり。平王陳・蔡を封じ、邑を復遷す。
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『春秋左氏伝』昭公二十一年 費無極、賄に動く蔡侯朱出でて楚に奔る。費無極貨を東國に取りて、蔡人に謂ひて曰く、「朱は命を楚に用ゐず。君王將に東國を立てんとす。若し先づ王の欲に從はずんば、楚必ず蔡を圍まん」と。蔡人懼れ、朱を出だして東國を立つ。朱楚に愬ふ。楚子將に蔡を討たんとす。無極曰く、「平侯楚と盟有り、故に其の子を封ず。二心有り、故に之を廢す。靈王隱大子を殺す。其の子君と惡を同じくす。君を德とすること必ず甚だしからん。又之を立てしむ、亦た可ならずや。且つ廢置は君に在り、蔡に他無からん」と。公晉に如く。河に及びて、鼓晉に叛く。晉將に鮮虞を伐たんとす、故に公を辭す。
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