春秋左氏伝 / 昭公四年 夢に見た男、豎牛
初。穆子去叔孫氏。及庚宗。遇婦人。使私為食而宿焉。問其行。告之故。哭而送之。適齊娶於國氏。生孟丙仲壬。夢天壓己。弗勝。顧而見人。黑而上僂。深目而豭喙。號之曰。牛助余。乃勝之。旦而皆召其徒。無之。且曰。志之。及宣伯奔齊。饋之。宣伯曰。魯以先子之故。將存吾宗。必召女。召女何如。對曰。願之久矣。魯人召之。不告而歸。既立。所宿庚宗之婦人。獻以雉。問其姓。對曰。余子長矣。能奉雉而從我矣。召而見之。則所夢也。未問其名。號之曰牛。曰唯。皆召其徒。使視之。遂使為豎。有寵。長使為政。公孫明知叔孫於齊。歸。未逆國姜。子明取之。故怒其子。
新字:初。穆子去叔孫氏。及庚宗。遇婦人。使私為食而宿焉。問其行。告之故。哭而送之。適斉娶於国氏。生孟丙仲壬。夢天圧己。弗勝。顧而見人。黒而上僂。深目而豭喙。号之曰。牛助余。乃勝之。旦而皆召其徒。無之。且曰。志之。及宣伯奔斉。饋之。宣伯曰。魯以先子之故。将存吾宗。必召女。召女何如。対曰。願之久矣。魯人召之。不告而帰。既立。所宿庚宗之婦人。献以雉。問其姓。対曰。余子長矣。能奉雉而従我矣。召而見之。則所夢也。未問其名。号之曰牛。曰唯。皆召其徒。使視之。遂使為豎。有寵。長使為政。公孫明知叔孫於斉。帰。未逆国姜。子明取之。故怒其子。
書き下し
初め、穆子叔孫氏を去りて、庚宗に及ぶ。婦人に遇ひ、私かに食を為さしめて宿る。其の行を問ふ。之に故を告ぐ。哭して之を送る。齊に適きて國氏に娶り、孟丙・仲壬を生む。夢に天己を壓し、勝へず。顧みて人を見る。黑くして上僂(かが)み、深目にして豭喙(かかい)なり。之を號びて曰く、「牛、余を助けよ」と。乃ち之に勝つ。旦にして皆其の徒を召すも、之無し。且つ曰く、「之を志せ」と。宣伯齊に奔るに及び、之に饋る。宣伯曰く、「魯は先子の故を以て、將に吾が宗を存せんとす。必ず女を召さん。女を召さば何如」と。對へて曰く、「之を願ふこと久し」と。魯人之を召す。告げずして歸る。既に立つ。宿りし所の庚宗の婦人、獻ずるに雉を以てす。其の姓を問ふ。對へて曰く、「余が子長ぜり。能く雉を奉じて我に從へり」と。召して之を見れば、則ち夢みし所なり。未だ其の名を問はずして、之を號びて牛と曰ふ。曰く、「唯」と。皆其の徒を召して、之を視しむ。遂に豎と為さしむ。寵有り。長じて政を為さしむ。公孫明叔孫を齊に知る。歸りて、未だ國姜を逆へざるに、子明之を取る。故に其の子を怒る。
現代語訳
これより前のこと。穆子(叔孫豹)は兄の宣伯(叔孫僑如)の乱を避けて叔孫氏を離れ、庚宗の地に至った。そこで一人の婦人に出会い、ひそかに食事を作ってもらって泊まった。婦人が行き先を尋ねたので、穆子はわけを話した。婦人は泣いて彼を見送った。穆子は斉に行って国氏の娘をめとり、孟丙と仲壬を生んだ。あるとき夢を見た。天が自分の上にのしかかってきて、押し返せない。振り返ると一人の男がいた。色黒で背が曲がり、目がくぼんで、口は豚のように突き出ている。穆子はその男に呼びかけた。「牛よ、私を助けてくれ」。すると天を押し返すことができた。朝になって従者を皆集めて見たが、そのような男はいなかった。穆子は「このことを覚えておけ」と言った。やがて宣伯が斉に亡命してくると、穆子は食べ物を贈った。宣伯は言った。「魯は先君(父の叔孫得臣)の功績があるから、わが家を存続させるだろう。きっとおまえを呼び戻すはずだ。呼ばれたらどうする」。穆子は答えた。「ずっと願っていたことです」。魯の人々が穆子を呼び戻すと、穆子は宣伯に告げずに帰国した。叔孫氏の当主に立ったのち、かつて泊まった庚宗の婦人が雉を献上しに来た。子があるのかと尋ねると、婦人は答えた。「私の子はもう大きくなりました。雉を捧げ持って私についてこられるほどです」。呼んで会ってみると、夢に見たあの男であった。名を尋ねもしないうちに「牛」と呼ぶと、その子は「はい」と答えた。従者を皆呼んで見させた。こうしてその子を小姓(豎)とした。寵愛を受け、成長すると家の政務を任せた。公孫明は斉にいたころの叔孫の友人であった。叔孫が帰国して、まだ妻の国姜を迎えに行かないうちに、子明(公孫明)が国姜をめとってしまった。そのため叔孫は国姜の生んだ息子たちに腹を立てていた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 李斯列伝臣聞く、地広き者は粟多く、国大なる者は人衆く、兵彊ければ則ち士勇なりと。是を以て太山は土壌を譲らず、故に能く其の大を成す。河海は細流を択ばず、故に能く其の深きを就す。王者は衆庶を卻けず、故に能く其の徳を明らかにす。是を以て地に四方無く、民に異国無く、四時充美にして、鬼神福を降す。此れ五帝・三王の敵無き所以なり。今乃ち黔首を棄てて以て敵国に資し、賓客を卻けて以て諸侯に業し、天下の士をして退きて敢て西に向かはず、足を裹みて秦に入らざらしむ。此れ所謂「寇に兵を藉して盗に糧を齎す」者なり。夫れ物の秦に産せずして、宝とすべき者多し。士の秦に産せずして、忠を願ふ者衆し。今客を逐ひて以て敵国に資し、民を損じて以て讎を益し、内自ら虚しくして外怨みを諸侯に樹つ。国の危ふき無きを求むるも、得べからざるなり、と。秦王乃ち逐客の令を除き、李斯の官を復し、卒に其の計謀を用ふ。
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史記 淮陰侯列伝信数しば蕭何と語る。何之を奇とす。南鄭に至るに、諸将の道に行きて亡ぐる者数十人。信度るに、何等已に数しば上に言ふも、上我を用ゐずと、即ち亡ぐ。何信の亡ぐるを聞き、以て聞するに及ばず、自ら之を追ふ。人有りて上に言ひて曰く、「丞相何亡げたり」と。上大いに怒り、左右の手を失ふが如し。居ること一二日、何来りて上に謁す。上且つ怒り且つ喜び、何を罵りて曰く、「若亡ぐるは、何ぞや」と。何曰く、「臣敢へて亡げざるなり。臣は亡ぐる者を追ふ」と。上曰く、「若追ふ所の者は誰ぞ」と。何曰く、「韓信なり」と。上復た罵りて曰く、「諸将の亡ぐる者は十を以て数ふるも、公追ふ所無し。信を追ふは、詐りなり」と。何曰く、「諸将は得易きのみ。信の如き者に至りては、国士無双なり。王必ず長く漢中に王たらんと欲せば、信を事とする所無し。必ず天下を争はんと欲せば、信に非ずんば与に事を計る所の者無し。顧ふに王の策安くに決する所かのみ」と。王曰く、「吾も亦東せんと欲するのみ。安んぞ能く郁郁として久しく此に居らんや」と。何曰く、「王の計必ず東せんと欲せば、能く信を用ゐば、信即ち留まらん。用ゐること能はずんば、信終に亡げんのみ」と。王曰く、「吾公の為に以て将と為さん」と。何曰く、「将と為すと雖も、信必ず留まらじ」と。王曰く、「以て大将と為さん」と。何曰く、「幸甚なり」と。是に於て王信を召して之を拝せんと欲す。何曰く、「王素より慢にして礼無し。今大将を拝すること小児を呼ぶが如きのみ。此れ乃ち信の去る所以なり。王必ず之を拝せんと欲せば、良日を択び、斎戒し、壇場を設け、礼を具へて、乃ち可なるのみ」と。王之を許す。諸将皆喜び、人人各自ら以て大将を得んと為す。大将を拝するに至りて、乃ち韓信なり。一軍皆驚く。
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『韓非子』亡徵第十五境内の傑、事とされずして、封外の士を求め、功伐を以て課試せずして、好んで名問を以て舉錯し、羈旅起り貴くして以て故常を陵ぐ者は、亡ぶ可きなり。
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史記 管晏列伝管仲夷吾は、潁上の人なり。少き時常に鮑叔牙と游び、鮑叔、其の賢なるを知れり。管仲貧困にして、常に鮑叔を欺くも、鮑叔、終に善く之を遇し、以て言を為さず。已にして鮑叔、斉の公子小白に事へ、管仲は公子糾に事ふ。小白立ちて桓公と為り、公子糾死するに及び、管仲囚はる。鮑叔遂に管仲を進む。管仲既に用ひられ、政に斉に任ず。斉の桓公以て覇たり、諸侯を九合し、天下を一匡したるは、管仲の謀なり。
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史記 孫子呉起列伝呉起是に於いて魏の文侯の賢なるを聞き、之に事へんと欲す。文侯、李克に問ひて曰く、「呉起は何如なる人ぞ」と。李克曰く、「起は貪にして色を好む。然れども兵を用ゐるは、司馬穰苴も過ぐる能はざるなり」と。是に於いて魏の文侯以て将と為し、秦を撃ち、五城を抜く。
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史記 酈生陸賈列伝酈生食其(れきせいいき)は、陳留高陽の人なり。読書を好み、家貧しく落魄して、以て衣食の業を為す無く、里の監門の吏と為る。然れども県中の賢豪敢へて役せず、県中皆之を狂生と謂ふ。陳勝・項梁等の起こるに及び、諸将の地を徇へて高陽を過ぐる者数十人、酈生其の将皆握齱(あくさく)として苛礼を好み自ら用ひ、大度の言を聴く能はずと聞き、酈生乃ち深く自ら蔵匿す。後に沛公兵を将ゐて地を陳留の郊に略すと聞く。沛公の麾下の騎士、適(たまたま)酈生の里中の子なり、沛公時時邑中の賢士豪俊を問ふ。騎士帰る。酈生見えて之に謂ひて曰く、「吾聞く、沛公は慢にして人を易(あなど)るも、大略多しと。此れ真に吾が従ひて游ばんと願ふ所なり、我が為に先(さきだ)つ莫し。若し沛公に見えなば、謂ひて曰へ、『臣が里中に酈生有り、年六十余、長八尺、人皆之を狂生と謂ふも、生は自ら我は狂生に非ずと謂ふ』と」と。騎士曰く、「沛公は儒を好まず、諸客の儒冠を冠して来たる者あれば、沛公輒ち其の冠を解き、其の中に溲溺(そうでき)す。人と言ふに、常に大いに罵る。未だ儒生を以て説くべからざるなり」と。酈生曰く、「弟(ただ)之を言へ」と。騎士従容として酈生の誡むる所の如く言ふ。沛公高陽の伝舎に至り、人をして酈生を召さしむ。酈生至り、入りて謁す。沛公方に床に倨して両女子をして足を洗はしめ、而して酈生を見る。酈生入り、則ち長揖して拝せず、曰く、「足下は秦を助けて諸侯を攻めんと欲するか。且(はた)諸侯を率ゐて秦を破らんと欲するか」と。沛公罵りて曰く、「豎儒(じゅじゅ)。夫れ天下同じく秦に苦しむこと久し、故に諸侯相率ゐて秦を攻む。何ぞ秦を助けて諸侯を攻むと謂ふや」と。酈生曰く、「必ず徒を聚め義兵を合はせて無道の秦を誅せんとならば、宜しく倨して長者を見るべからず」と。是に於て沛公洗ふを輟め、起ちて衣を摂(ととの)へ、酈生を延きて上坐せしめ、
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