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春秋左氏伝 / 昭公四年 苟も社稷を利せば

九月。取鄫。言易也。莒亂。著丘公立而不撫鄫。鄫叛而來。故曰取。凡克邑。不用師徒曰取。鄭子產作丘賦。國人謗之。曰。其父死於路。己為蠆尾。以令於國。國將若之何。子寬以告。子產曰。何害。苟利社稷。死生以之。且吾聞為善者不改其度。故能有濟也。民不可逞。度不可改。詩曰。禮義不愆。何恤於人言。吾不遷矣。渾罕曰。國氏其先亡乎。君子作法於涼。其敝猶貪。作法於貪。敝將若之何。姬在列者。蔡及曹滕。其先亡乎。偪而無禮。鄭先衛亡。偪而無法。政不率法。而制於心。民各有心。何上之有。冬。吳伐楚入。棘。櫟。麻。以報朱方之役。楚沈尹射奔命於夏汭。咸尹宜咎城鍾離。薳啟疆城巢。然丹城州來。東國水。不可以城。彭生罷賴之師。

新字:九月。取鄫。言易也。莒乱。著丘公立而不撫鄫。鄫叛而来。故曰取。凡克邑。不用師徒曰取。鄭子産作丘賦。国人謗之。曰。其父死於路。己為蠆尾。以令於国。国将若之何。子寛以告。子産曰。何害。苟利社稷。死生以之。且吾聞為善者不改其度。故能有済也。民不可逞。度不可改。詩曰。礼義不愆。何恤於人言。吾不遷矣。渾罕曰。国氏其先亡乎。君子作法於涼。其敝猶貪。作法於貪。敝将若之何。姫在列者。蔡及曹滕。其先亡乎。偪而無礼。鄭先衛亡。偪而無法。政不率法。而制於心。民各有心。何上之有。冬。呉伐楚入。棘。櫟。麻。以報朱方之役。楚沈尹射奔命於夏汭。咸尹宜咎城鍾離。薳啓疆城巣。然丹城州来。東国水。不可以城。彭生罷頼之師。

書き下し

九月、鄫を取る。易きを言ふなり。莒亂る。著丘公立ちて鄫を撫せず。鄫叛きて來る。故に取ると曰ふ。凡そ邑に克ちて、師徒を用ゐざるを取ると曰ふ。鄭の子產丘賦を作る。國人之を謗りて曰く、「其の父は路に死し、己は蠆尾(たいび)と為りて、以て國に令す。國將に之を若何せん」と。子寬以て告ぐ。子產曰く、「何ぞ害あらん。苟も社稷を利せば、死生之を以てせん。且つ吾聞く、善を為す者は其の度を改めず、故に能く濟すこと有りと。民は逞(ほしいまま)にすべからず、度は改むべからず。詩に曰く、『禮義愆(あやま)たずんば、何ぞ人の言を恤へん』と。吾遷らず」と。渾罕曰く、「國氏其れ先づ亡びんか。君子法を涼(うす)きに作るも、其の敝は猶ほ貪なり。法を貪に作らば、敝將に之を若何せん。姬の列に在る者、蔡及び曹・滕、其れ先づ亡びんか。偪(せま)りて禮無し。鄭は衛に先だちて亡びん。偪りて法無し。政法に率(したが)はずして、心に制す。民各心有り、何の上か之れ有らん」と。冬、吳楚を伐ちて、棘・櫟・麻に入る。以て朱方の役に報ゆるなり。楚の沈尹射夏汭に奔命す。咸尹宜咎鍾離に城き、薳啟疆巢に城き、然丹州來に城く。東國水あり、以て城くべからず。彭生賴の師を罷む。

現代語訳

九月、魯は鄫を「取った」。「取る」と書いたのは、たやすく手に入れたことを言うのである。莒で内乱があり、新たに立った著丘公が鄫を慰撫しなかったので、鄫が莒に背いて魯に付いてきた。だから「取る」と書いた。およそ邑を手に入れて、軍兵を用いなかった場合を「取る」と書くのである。鄭の子産は丘賦(丘という単位ごとに課す新しい軍賦)を定めた。国人はこれを謗って言った。「あの男の父は道端で殺され、自分はサソリの尾のように毒を振りまいて国に命令している。国はいったいどうなるのか」。子寛(渾罕)がこれを子産に告げた。子産は言った。「何の害があろう。いやしくも社稷のためになるのなら、生きるも死ぬもこれに懸ける。それに私はこう聞いている。善いことをなす者はその規矩を改めない、だから成し遂げることができるのだ、と。民を好き放題にさせてはならず、規矩を改めてはならない。詩に『礼と義に誤りがなければ、人の言うことなど気にかけることはない』とある。私は考えを変えない」。渾罕は言った。「国氏(子産の一族)がまず先に滅びるのではないか。君子が薄い税で法を作っても、その弊害はやはり貪りになる。はじめから貪る法を作ったら、その弊害はどうなることか。姫姓の諸国のうちでは、蔡と曹・滕が先に滅びるだろう。大国に迫られていて礼がないからだ。鄭は衛より先に滅びるだろう。大国に迫られていて法がないからだ。政治が法に従わず、為政者の心ひとつで決められている。民にもそれぞれ心がある。どうして上を上として敬うことがあろう」。冬、呉が楚を討って、棘・櫟・麻に攻め入った。朱方の戦役に報復したのである。楚の沈尹射は急いで夏汭に駆けつけ、咸尹宜咎は鍾離に城を築き、薳啓疆は巣に城を築き、然丹は州来に城を築いた。東方の地域は水害があって城を築けなかったので、彭生は頼の城を築いていた軍を解散させた。

解説

鄭の宰相子産が新税「丘賦」を定め、国中から非難を浴びた場面である。国人の悪口は辛辣で、父が殺されたことまで持ち出して子産を「サソリの尾」と呼ぶ。子産の答えが「苟も社稷を利せば、死生之を以てせん」。国のためになるなら生死を懸ける、という覚悟の言葉で、清の林則徐の詩句「苟利国家生死以」の出典として今も知られる。子産は同時に「善を為す者は其の度を改めず」とも言う。規準を定めた以上、評判に合わせて動かさないということだ。一方、身内の渾罕の批判も鋭い。法を心で運用すれば、民もそれぞれの心で動く。この子産は二年後に刑書を鋳て、成文法の公開に踏み切る。批判に屈しないことと、批判の中身に応えることは両立するのか。改革を進める立場の人には、両方の言い分が考える材料になる。

この章句が説くこと

改革覚悟法批判規律書法

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