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春秋左氏伝 / 昭公四年 瑕無き者、人を戮すべし

秋。七月。楚子以諸侯伐吳。宋大子鄭伯先歸。宋華費遂鄭大夫從。使屈申圍朱方。八月。甲申。克之。執齊慶封而盡滅其族。將戮慶封。椒舉曰。臣聞無瑕者可以戮人。慶封惟逆命。是以在此。其肯從於戮乎。播於諸侯。焉用之。王弗聽。負之斧鉞。以徇於諸侯。使言曰。無或如齊慶封。弒其君。弱其孤。以盟其大夫。慶封曰。無或如楚共王之庶子圍。弒其君兄之子。麇而代之。以盟諸侯。王使速殺之。遂以諸侯滅賴。賴子面縛銜璧。士袒輿櫬。從之。造於中軍。王問諸椒舉。對曰。成王克許。許僖公如是。王親釋其縛。受其璧。焚其櫬。王從之。遷賴於鄢。楚子欲遷許於賴。使鬥韋龜與公子棄疾。城之而還。申無宇曰。楚禍之首。將在此矣。召諸侯而來。伐國而克。城竟莫校。王心不違。民其居乎。民之不處。其誰堪之。不堪王命。乃禍亂也。

新字:秋。七月。楚子以諸侯伐呉。宋大子鄭伯先帰。宋華費遂鄭大夫従。使屈申囲朱方。八月。甲申。克之。執斉慶封而尽滅其族。将戮慶封。椒舉曰。臣聞無瑕者可以戮人。慶封惟逆命。是以在此。其肯従於戮乎。播於諸侯。焉用之。王弗聴。負之斧鉞。以徇於諸侯。使言曰。無或如斉慶封。弒其君。弱其孤。以盟其大夫。慶封曰。無或如楚共王之庶子囲。弒其君兄之子。麇而代之。以盟諸侯。王使速殺之。遂以諸侯滅頼。頼子面縛銜璧。士袒輿櫬。従之。造於中軍。王問諸椒舉。対曰。成王克許。許僖公如是。王親釈其縛。受其璧。焚其櫬。王従之。遷頼於鄢。楚子欲遷許於頼。使鬥韋亀与公子棄疾。城之而還。申無宇曰。楚禍之首。将在此矣。召諸侯而来。伐国而克。城竟莫校。王心不違。民其居乎。民之不処。其誰堪之。不堪王命。乃禍乱也。

書き下し

秋、七月、楚子諸侯を以て吳を伐つ。宋の大子・鄭伯先づ歸る。宋の華費遂・鄭の大夫從ふ。屈申をして朱方を圍ましむ。八月、甲申、之に克つ。齊の慶封を執へて盡く其の族を滅ぼす。將に慶封を戮せんとす。椒舉曰く、「臣聞く、瑕無き者は以て人を戮すべしと。慶封は惟だ命に逆ふ、是を以て此に在り。其れ肯へて戮に從はんや。諸侯に播かれん、焉んぞ之を用ゐん」と。王聽かず。之に斧鉞を負はせ、以て諸侯に徇(とな)ふ。言はしめて曰く、「或ひは齊の慶封の如く、其の君を弒し、其の孤を弱め、以て其の大夫に盟ふこと無かれ」と。慶封曰く、「或ひは楚の共王の庶子圍の如く、其の君兄の子を弒し、麇(くび)りて之に代はり、以て諸侯に盟ふこと無かれ」と。王速やかに之を殺さしむ。遂に諸侯を以て賴を滅ぼす。賴子面縛して璧を銜み、士は袒して櫬(ひつぎ)を輿(にな)ひ、之に從ふ。中軍に造(いた)る。王諸を椒舉に問ふ。對へて曰く、「成王許に克つ、許の僖公是くの如し。王親ら其の縛を釋き、其の璧を受け、其の櫬を焚けり」と。王之に從ふ。賴を鄢に遷す。楚子許を賴に遷さんと欲し、鬥韋龜と公子棄疾とをして之に城かしめて還る。申無宇曰く、「楚の禍の首、將に此に在らんとす。諸侯を召して來たり、國を伐ちて克ち、竟に城きて校(あらそ)ふもの莫し。王の心違ふこと無くんば、民其れ居らんや。民の處らざる、其れ誰か之に堪へん。王命に堪へざるは、乃ち禍亂なり」と。

現代語訳

秋七月、楚子(霊王)は諸侯を率いて呉を討った。宋の太子と鄭伯は先に帰国し、宋の華費遂と鄭の大夫が従軍した。霊王は屈申に朱方を包囲させた。八月甲申の日、これを攻め落とした。斉から亡命してそこにいた慶封を捕らえ、その一族をことごとく滅ぼした。慶封を処刑して見せしめにしようとしたとき、椒挙が言った。「私はこう聞いております。瑕(きず)のない者だけが人を罰して見せしめにできる、と。慶封はただ命に逆らってきた男で、だからこそここにいるのです。おとなしく見せしめにされるはずがありません。かえって諸侯の間に悪口を広められるでしょう。どうしてそんなことをなさるのですか」。王は聞き入れなかった。慶封に斧鉞を背負わせ、諸侯の陣中を引き回して、こう言わせようとした。「斉の慶封のように、主君を弑し、幼い後継ぎを侮り、それで大夫たちと盟を結ぶような者になるな」。すると慶封は言った。「楚の共王の庶子の囲(霊王の名)のように、主君である兄の子を弑し、絞め殺してとって代わり、それで諸侯と盟を結ぶような者になるな」。王は急いで慶封を殺させた。そのまま諸侯を率いて頼を滅ぼした。頼子は両手を後ろに縛り、口に璧をくわえ、家臣は肌脱ぎになって棺を担いで従い、楚の中軍にやってきた(降伏の作法である)。王が椒挙にどうすべきか尋ねると、椒挙は答えた。「成王が許を破ったとき、許の僖公がこのようにしました。成王は自らその縄を解き、璧を受け取り、棺を焼きました」。王はそれに従った。頼の民を鄢に移した。霊王はさらに許を頼の地に移そうとし、鬥韋龜と公子棄疾に城を築かせて帰った。申無宇が言った。「楚の禍の始まりはここにあるだろう。諸侯を呼べば来て、国を討てば勝ち、国境に城を築いても争う者がいない。王の思うとおりにならないことが何もないのでは、民は落ち着いて暮らせるだろうか。民が落ち着いて暮らせないなら、誰がそれに耐えられよう。王命に耐えられなくなれば、それこそ禍乱である」。

解説

霊王が呉を討ち、斉から逃れていた慶封を捕らえた場面である。慶封は崔杼とともに斉の荘公殺害に関わった人物で、霊王はその罪を諸侯の前でさらし、自分の正義を示そうとした。椒挙は止めた。「瑕無き者は以て人を戮すべし」。人を裁いて見せしめにできるのは、自分に後ろ暗いところのない者だけだ、という意味である。霊王自身が甥の郟敖を殺して即位した身であり、慶封はまさにそこを突いた。見せしめは逆転し、王は慌てて口を封じるほかなかった。人を公開で責める行為は、責める側の経歴も同時に照らし出す。後半、申無宇は「思いどおりにならないことが何もない」状態こそ禍の始まりだと見る。勝ち続けて誰も逆らわない時期に、組織の無理はかえって民に積み上がっていく。

この章句が説くこと

見せしめ正当性驕り民心因果

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