春秋左氏伝 / 襄公三十一年 童心ある君
公作楚宮。穆叔曰。大誓云。民之所欲。天必從之。君欲楚也夫。故作其宮。若不復適楚。必死是宮也。六月。辛巳。公薨于楚宮。叔仲帶竊其拱璧以與御人。納諸其懷。而從取之。由是得罪。立胡女敬歸之子子野。次于季氏。秋。九月。癸巳卒。毀也。己亥。孟孝伯卒。立敬歸之娣齊歸之子公子裯。穆叔不欲。曰。大子死。有母弟則立之。無則長立。年鈞擇賢。義鈞則卜。古之道也。非適嗣。何必娣之子。且是人也。居喪而不哀。在慼而有嘉容。是謂不度。不度之人。鮮不為患。若果立之。必為季氏憂。武子不聽。卒立之。比及葬。三易衰。衰衽如故衰。於是昭公十九年矣。猶有童心。君子是以知其不能終也。冬。十月。滕成公來會葬。惰而多涕。子服惠伯曰。滕君將死矣。怠於其位。而哀已甚。兆於死所矣。能無從乎。
新字:公作楚宮。穆叔曰。大誓云。民之所欲。天必従之。君欲楚也夫。故作其宮。若不復適楚。必死是宮也。六月。辛巳。公薨于楚宮。叔仲帯窃其拱璧以与御人。納諸其懐。而従取之。由是得罪。立胡女敬帰之子子野。次于季氏。秋。九月。癸巳卒。毀也。己亥。孟孝伯卒。立敬帰之娣斉帰之子公子裯。穆叔不欲。曰。大子死。有母弟則立之。無則長立。年鈞択賢。義鈞則卜。古之道也。非適嗣。何必娣之子。且是人也。居喪而不哀。在慼而有嘉容。是謂不度。不度之人。鮮不為患。若果立之。必為季氏憂。武子不聴。卒立之。比及葬。三易衰。衰衽如故衰。於是昭公十九年矣。猶有童心。君子是以知其不能終也。冬。十月。滕成公来会葬。惰而多涕。子服恵伯曰。滕君将死矣。怠於其位。而哀已甚。兆於死所矣。能無従乎。
書き下し
公楚宮を作る。穆叔曰く、「大誓に云ふ、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。君楚を欲するかな。故に其の宮を作る。若し復た楚に適かずんば、必ず是の宮に死せん」と。六月、辛巳、公楚宮に薨ず。叔仲帶其の拱璧を竊みて以て御人に與へ、諸を其の懷に納れしめて、從ひて之を取る。是に由りて罪を得たり。胡女敬歸の子子野を立て、季氏に次す。秋、九月、癸巳、卒す。毀なり。己亥、孟孝伯卒す。敬歸の娣齊歸の子公子裯を立つ。穆叔欲せずして曰く、「大子死して、母弟有らば則ち之を立て、無ければ則ち長を立つ。年鈞しければ賢を擇び、義鈞しければ則ち卜す。古の道なり。適嗣に非ず、何ぞ必ずしも娣の子ならん。且つ是の人や、喪に居りて哀しまず、慼に在りて嘉容有り。是を不度と謂ふ。不度の人、患を為さざること鮮し。若し果たして之を立てば、必ず季氏の憂ひと為らん」と。武子聽かず、卒に之を立つ。葬に及ぶ比、三たび衰を易へ、衰衽故衰の如し。是に於て昭公十九年なり。猶ほ童心有り。君子是を以て其の終ふること能はざるを知るなり。冬、十月、滕の成公來りて葬に會す。惰りて涕多し。子服惠伯曰く、「滕君將に死せんとす。其の位に怠りて、哀已甚し。死所に兆せり。能く從ふこと無からんや」と。
現代語訳
襄公は楚風の宮殿を造った。穆叔は言った。「『大誓』に『民の望むことには、天は必ずそれに従う』とある。君は楚を慕っておられるのだ。だからその様式の宮殿を造られる。もし再び楚へ行かれることがなければ、きっとこの宮殿で亡くなられるだろう」。六月辛巳の日、襄公は楚宮で薨去した。叔仲帯は襄公の大きな璧玉を盗んで御者に与え、それを御者の懐に入れさせておいて、あとで自分が取った。このことで罪を得た。魯では胡の国から来た敬帰の子の子野を君に立て、季氏の家に仮住まいさせた。秋九月癸巳の日、子野は亡くなった。喪に服して悲しみのあまり身を損ねたためである。己亥の日、孟孝伯が亡くなった。魯は敬帰の妹の斉帰が生んだ公子裯(のちの昭公)を立てた。穆叔はそれを望まず、言った。「太子が死んだ場合、同母弟がいればそれを立て、いなければ年長者を立てる。年齢が同じなら賢い者を選び、賢さが同じなら占いで決める。これが古来の道である。正嫡の後継ぎでもないのに、なぜ妹の子である必要があろうか。しかもこの人物は、喪中にありながら悲しまず、憂いのさなかに楽しげな顔をしている。これを節度がないという。節度のない人間が災いをなさないことはまれである。もし本当にこの人を立てれば、必ず季氏の憂いとなるだろう」。季武子は聞き入れず、ついに公子裯を立てた。葬儀までの間に、公子裯は喪服を三度も替え、そのたびに喪服の襟は前のものと同じように汚れていた(喪服のまま遊び戯れていたのである)。このとき昭公は十九歳であったが、なお子どもの心を残していた。君子はこのことから、昭公が君主の位を全うできないことを知った。冬十月、滕の成公が葬儀に参列しに来た。成公は態度がだらしないうえに、しきりに涙を流した。子服恵伯は言った。「滕君はまもなく死ぬだろう。自分の位にある者としての務めを怠りながら、哀しみ方ばかりが度を越している。すでに死ぬ所に兆しが現れている。その後を追わずにいられようか」。
解説
この章句が説くこと
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