春秋左氏伝 / 襄公十八年 平陰の役
冬。十月。會于魯濟。尋溴梁之言。同伐齊。齊侯禦諸平陰。塹防門而守之廣里。夙沙衛曰。不能戰。莫如守險。弗聽。諸侯之士門焉。齊人多死。范宣子告析文子曰。吾知子敢匿情乎。魯人。莒人。皆請以車千乘。自其鄉入。既許之矣。若入。君必失國。子盍圖之。子家以告公。公恐。晏嬰聞之曰。君固無勇。而又聞是。弗能久矣。齊侯登巫山以望晉師。晉人使司馬斥山澤之險。雖所不至。必旆而疏陳之。使乘車者。左實右偽。以旆先。輿曳柴而從之。齊侯見之。畏其眾也。乃脫歸。丙寅晦。齊師夜遁。師曠告晉侯曰。鳥烏之聲樂。齊師其遁。邢伯告中行伯曰。有班馬之聲。齊師其遁。叔向告晉侯曰。城上有烏。齊師其遁。
新字:冬。十月。会于魯済。尋溴梁之言。同伐斉。斉侯禦諸平陰。塹防門而守之広里。夙沙衛曰。不能戦。莫如守険。弗聴。諸侯之士門焉。斉人多死。范宣子告析文子曰。吾知子敢匿情乎。魯人。莒人。皆請以車千乗。自其郷入。既許之矣。若入。君必失国。子盍図之。子家以告公。公恐。晏嬰聞之曰。君固無勇。而又聞是。弗能久矣。斉侯登巫山以望晋師。晋人使司馬斥山沢之険。雖所不至。必旆而疏陳之。使乗車者。左実右偽。以旆先。輿曳柴而従之。斉侯見之。畏其衆也。乃脱帰。丙寅晦。斉師夜遁。師曠告晋侯曰。鳥烏之声楽。斉師其遁。邢伯告中行伯曰。有班馬之声。斉師其遁。叔向告晋侯曰。城上有烏。斉師其遁。
書き下し
冬十月、魯の濟に會し、溴梁の言を尋ね、同じく齊を伐つ。齊侯諸を平陰に禦ぎ、防門に塹して之を廣里に守る。夙沙衛曰く、「戰ふ能はずんば、險を守るに如くは莫し」と。聽かず。諸侯の士焉に門す。齊人多く死す。范宣子析文子に告げて曰く、「吾子を知る、敢へて情を匿さんや。魯人・莒人、皆車千乘を以って其の鄉より入らんことを請ふ。既に之を許せり。若し入らば、君必ず國を失はん。子盍ぞ之を圖らざる」と。子家以って公に告ぐ。公恐る。晏嬰之を聞きて曰く、「君固より勇無し。而して又是を聞く。久しき能はざらん」と。齊侯巫山に登りて以って晉の師を望む。晉人司馬をして山澤の險を斥はしめ、至らざる所と雖も、必ず旆して疏らに之を陳ね、車に乘る者をして左は實にし右は偽りならしめ、旆を以って先んじ、輿は柴を曳きて之に從ふ。齊侯之を見て、其の眾きを畏るるなり。乃ち脫して歸る。丙寅晦、齊の師夜に遁る。師曠晉侯に告げて曰く、「鳥烏の聲樂し。齊の師其れ遁れん」と。邢伯中行伯に告げて曰く、「班馬の聲有り。齊の師其れ遁れん」と。叔向晉侯に告げて曰く、「城上に烏有り。齊の師其れ遁れん」と。
現代語訳
冬十月、諸侯は魯の済水のほとりで会合し、溴梁での誓いを再確認して、ともに斉を討った。斉侯は平陰でこれを防ぎ、防門の前に堀を掘って、広さ一里にわたって守った。夙沙衛(しゅくさえい)が言った。「戦うことができないのなら、険しい要害を守るに越したことはありません」。斉侯は聞き入れなかった。諸侯の兵が防門を攻め、斉の兵が多く死んだ。范宣子(士匄)は斉の析文子(せきぶんし、子家)に告げて言った。「私はあなたをよく知っている。どうして事情を隠したりしようか。魯と莒の人々が、どちらも兵車千乗を率いて、それぞれの国の方面から斉に攻め入ることを願い出ており、晋はすでにそれを許した。もし攻め入れば、あなたの君は必ず国を失うだろう。あなたはなぜ手を打たないのか」。子家(析文子)はこれを斉侯に告げ、斉侯は恐れた。晏嬰(あんえい)はそれを聞いて言った。「わが君はもともと勇気がないのに、そのうえこんなことを聞かされた。長くはもつまい」。斉侯は巫山に登って晋の軍を眺めた。晋の人々は司馬に命じて山や沢の険しい所を調べさせ、兵が行けない所にも必ず旗を立てて、まばらに陣を並べたように見せかけた。兵車に乗る者は、左側には本物の兵を乗せ、右側には人形を乗せ、旗を先に立てて進ませ、後ろの車には柴を引きずらせて(土煙を上げて)従わせた。斉侯はこれを見て、その軍勢の多さを恐れ、ひとり抜け出して都へ帰った。丙寅の月末の晦日、斉軍は夜のうちに逃げ去った。師曠が晋侯に告げて言った。「鳥やカラスの声が楽しげです。斉軍は逃げたのでしょう」。邢伯(けいはく)が中行伯(荀偃)に告げて言った。「群れを離れた馬のいななきが聞こえます。斉軍は逃げたのでしょう」。叔向(しゅくきょう)が晋侯に告げて言った。「城壁の上にカラスがとまっています。斉軍は逃げたのでしょう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 田単列伝唯だ独り莒と即墨とのみ下らず。燕軍、斉王の莒に在るを聞き、兵を并せて之を攻む。淖歯既に湣王を莒に殺し、因りて堅く守り、燕軍を距ぐこと数年、下らず。燕、兵を引きて東して即墨を囲む。即墨の大夫出でて与に戦ひ、敗れて死す。城中相与に田単を推して曰く、「安平の戦に、田単の宗人は鉄籠を以て全きを得たり。兵に習ふ」と。立てて以て将軍と為し、即墨を以て燕を距がしむ。頃之して、燕の昭王卒し、恵王立つ。楽毅と隙有り。田単之を聞き、乃ち反間を燕に縦ちて、宣言して曰く、「斉王已に死し、城の抜けざる者は二つのみ。楽毅は誅を畏れて敢て帰らず、斉を伐つを以て名と為すも、実は兵を連ねて南面して斉に王たらんと欲す。斉人未だ附かず、故に且く即墨を攻むるを緩めて以て其の事を待つ。斉人の懼るる所は、唯だ他将の来たらんことを恐るるのみ。即墨残はれん」と。燕王以て然りと為し、騎劫をして楽毅に代らしむ。楽毅因りて趙に帰し、燕人の士卒忿る。而して田単乃ち城中の人をして食ふに必ず其の先祖を庭に祭らしむ。飛鳥悉く城中に翔舞して下りて食ふ。燕人之を怪しむ。田単因りて宣言して曰く、「神来り下りて我に教ふ」と。乃ち城中の人に令して曰く、「当に神人の我が師と為る有るべし」と。一卒有りて曰く、「臣以て師と為るべきか」と。因りて反り走る。田単乃ち起ち、引きて還し、東嚮して坐せしめ、之に師事す。卒曰く、「臣、君を欺けり。誠に能無きなり」と。田単曰く、「子言ふ勿かれ」と。因りて之を師とす。約束を出だす毎に、必ず神師と称す。乃ち宣言して曰く、「吾は唯だ燕軍の得る所の斉の卒を劓し、之を前行に置きて我と戦はんことを懼る。即墨敗れん」と。燕人之を聞き、其の言の如くす。城中の人、斉の諸の降る者の尽く劓せらるるを見て、皆怒り、堅く守り、唯だ得らるるを恐る。単又反間を縦ちて曰く、「吾は燕人の吾が城外の冢墓を掘り、先人を僇しめんことを懼る。寒心すべし」と。燕軍尽く壟墓を掘り、死人を焼く。即墨の人、城上より望み見て、皆涕泣し、倶に出でて戦はんと欲し、怒り自ら十倍す。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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孫子・行軍篇凡そ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴びて陰を賤しみ、生を養いて実に処る。軍に百疾無し、是を必勝と謂う。
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孫子・始計篇能くしてこれを不能と示し、用いてこれを不用と示し、近くしてこれを遠しと示し、遠くしてこれを近しと示す。
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孫子・九地篇利に合いて動き、利に合わずして止まる。
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李衛公問対・卷下守るの法は、要は敵に示すに不足を以てするに在り。攻むるの法は、要は敵に示すに有餘を以てするに在るなり。
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