孫子 / 行軍篇
凡軍好高而惡下,貴陽而賤陰,養生而處實,軍無百疾,是謂必勝。
新字:凡軍好高而悪下,貴陽而賤陰,養生而処実,軍無百疾,是謂必勝。
書き下し
凡そ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴びて陰を賤しみ、生を養いて実に処る。軍に百疾無し、是を必勝と謂う。
現代語訳
軍は高い所を好んで低湿地を嫌い、日当たりのよい場所を選んで日陰を避け、水や草の豊かな地に拠って兵の健康を保つ。こうして軍に病気が出なければ、それを「必勝」の態勢というのだ。
解説
行軍篇で、孫子が「軍の健康管理」を勝利の条件に数えた一節です。高く乾いた日当たりのよい場所に陣取り、水や食が確保できる地に拠れば、兵は病にかからない——病人を出さない軍こそ「必勝」だ、と言い切ります。派手な戦術より、兵が健やかに戦える環境を整えることを重視する、地に足のついた視点です。組織でも、メンバーが心身ともに健やかに働ける環境こそ、持続的な成果の土台です。無理な環境で消耗すれば、どんな戦略も回りません。人が健康に力を発揮できる「場」を整えることが、実は最強の勝利条件だと、孫子は説きます。
この章句が説くこと
欺瞞行軍情報戦環境と健康必勝の条件持続性
関連する章句
-
孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
-
孫子・始計篇能くしてこれを不能と示し、用いてこれを不用と示し、近くしてこれを遠しと示し、遠くしてこれを近しと示す。
-
『春秋左氏伝』襄公十八年 平陰の役冬十月、魯の濟に會し、溴梁の言を尋ね、同じく齊を伐つ。齊侯諸を平陰に禦ぎ、防門に塹して之を廣里に守る。夙沙衛曰く、「戰ふ能はずんば、險を守るに如くは莫し」と。聽かず。諸侯の士焉に門す。齊人多く死す。范宣子析文子に告げて曰く、「吾子を知る、敢へて情を匿さんや。魯人・莒人、皆車千乘を以って其の鄉より入らんことを請ふ。既に之を許せり。若し入らば、君必ず國を失はん。子盍ぞ之を圖らざる」と。子家以って公に告ぐ。公恐る。晏嬰之を聞きて曰く、「君固より勇無し。而して又是を聞く。久しき能はざらん」と。齊侯巫山に登りて以って晉の師を望む。晉人司馬をして山澤の險を斥はしめ、至らざる所と雖も、必ず旆して疏らに之を陳ね、車に乘る者をして左は實にし右は偽りならしめ、旆を以って先んじ、輿は柴を曳きて之に從ふ。齊侯之を見て、其の眾きを畏るるなり。乃ち脫して歸る。丙寅晦、齊の師夜に遁る。師曠晉侯に告げて曰く、「鳥烏の聲樂し。齊の師其れ遁れん」と。邢伯中行伯に告げて曰く、「班馬の聲有り。齊の師其れ遁れん」と。叔向晉侯に告げて曰く、「城上に烏有り。齊の師其れ遁れん」と。
-
孫子・虚実篇千里を行きて労せざる者は、人なき地を行くなり。
-
孫子・九地篇是の故に諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。
-
孫子・行軍篇凡そ地に絶澗有り、天井・天牢・天羅・天陥・天隙に遇わば、必ず亟やかにこれを去り、近づくこと勿かれ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る