春秋左氏伝 / 隠公十一年 徳を度り力を量る
君子謂:「鄭莊公於是乎有禮。禮,經國家、定社稷、序民人、利後嗣者也。許,無刑而伐之,服而舍之,度德而處之,量力而行之,相時而動,無累後人,可謂知禮矣。」鄭伯使卒出豭,行出犬、雞,以詛射潁考叔者。君子謂:「鄭莊公失政刑矣。政以治民,刑以正邪,既無德政,又無威刑,是以及邪。邪而詛之,將何益矣!」王取鄔、劉、蒍、邗之田于鄭,而與鄭人蘇忿生之田:溫、原、絺、樊、隰郕、欑茅、向、盟、州、陘、隤、懷。君子是以知桓王之失鄭也。恕而行之,德之則也,禮之經也。己弗能有而以與人,人之不至,不亦宜乎?鄭、息有違言,息侯伐鄭。鄭伯與戰于竟,息師大敗而還。君子是以知息之將亡也。不度德,不量力,不親親,不徵辭,不察有罪,犯五不韙,而以伐人,其喪師也,不亦宜乎!
新字:君子謂:「鄭荘公於是乎有礼。礼,経国家、定社稷、序民人、利後嗣者也。許,無刑而伐之,服而舎之,度徳而処之,量力而行之,相時而動,無累後人,可謂知礼矣。」鄭伯使卒出豭,行出犬、鶏,以詛射潁考叔者。君子謂:「鄭荘公失政刑矣。政以治民,刑以正邪,既無徳政,又無威刑,是以及邪。邪而詛之,将何益矣!」王取鄔、劉、蒍、邗之田于鄭,而与鄭人蘇忿生之田:温、原、絺、樊、隰郕、欑茅、向、盟、州、陘、隤、懐。君子是以知桓王之失鄭也。恕而行之,徳之則也,礼之経也。己弗能有而以与人,人之不至,不亦宜乎?鄭、息有違言,息侯伐鄭。鄭伯与戦于竟,息師大敗而還。君子是以知息之将亡也。不度徳,不量力,不親親,不徴辞,不察有罪,犯五不韙,而以伐人,其喪師也,不亦宜乎!
書き下し
君子謂ふ、「鄭の莊公是に於いて禮有り。禮は、國家を經め、社稷を定め、民人を序し、後嗣を利する者なり。許、刑無くして之を伐ち、服して之を舍し、德を度りて之に處り、力を量りて之を行ひ、時を相て動き、後人を累はすこと無し。禮を知ると謂ふ可し」と。鄭伯卒をして豭を出し、行をして犬・雞を出さしめ、以って潁考叔を射る者を詛ふ。君子謂ふ、「鄭の莊公政刑を失へり。政は以って民を治め、刑は以って邪を正す。既に德政無く、又威刑無し。是を以って邪に及ぶ。邪にして之を詛ふ、將た何の益かあらん」と。王鄔・劉・蒍・邗の田を鄭に取りて、鄭人に蘇忿生の田を與ふ。溫・原・絺・樊・隰郕・欑茅・向・盟・州・陘・隤・懷なり。君子是を以って桓王の鄭を失ふを知る。恕して之を行ふは、德の則なり、禮の經なり。己能く有せずして以って人に與ふ。人の至らざる、亦た宜ならずや。鄭・息違言有り。息侯鄭を伐つ。鄭伯與に竟に戰ふ。息の師大いに敗れて還る。君子是を以って息の將に亡びんとするを知る。德を度らず、力を量らず、親に親しまず、辭を徵さず、罪有るを察せず。五つの不韙を犯して、以って人を伐つ。其の師を喪ふや、亦た宜ならずや。
現代語訳
君子は言った。「鄭の荘公はこのことにおいて礼をわきまえていた。礼とは、国家を治め、社稷を安定させ、民の秩序を整え、子孫に利をもたらすものである。許が法度を守らなかったので討ち、服従したので許し、自分の徳を測ってふさわしい処置をとり、自分の力を量って行い、時機を見て動き、後の者に負担を残さなかった。礼を知っていると言ってよい」。鄭伯は、百人の兵に雄豚を、二十五人の隊に犬と鶏を出させ、潁考叔を射殺した者を呪詛させた。君子は言った。「鄭の荘公は政治と刑罰の道を失った。政治は民を治めるためのもの、刑罰は邪を正すためのものである。徳のある政治もなく、威厳ある刑罰もないから、邪な行いが起きるのだ。邪な者を呪ったところで、何の役に立とうか」。周の桓王は、鄭から鄔・劉・蒍・邗の田地を取り上げ、代わりに蘇忿生の旧領の田地を鄭に与えた。温・原・絺・樊・隰郕・欑茅・向・盟・州・陘・隤・懐である。君子はこのことから、桓王が鄭を失うことを知った。思いやりをもって事を行うのは、徳の法則であり、礼の大原則である。自分が実際には保持できていない土地を人に与えたのだ。人が寄りつかなくなるのも当然ではないか。鄭と息の間に言い争いがあり、息侯が鄭を攻めた。鄭伯は国境で迎え撃ち、息の軍は大敗して引き揚げた。君子はこのことから、息がやがて滅ぶことを知った。自分の徳を測らず、自分の力を量らず、親しむべき者に親しまず、言い分の是非を確かめず、罪がどちらにあるかを見極めなかった。この五つの誤りを犯して人を攻めたのだから、軍を失うのも当然ではないか。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第六章 禮儀・予も亦た君と苦を分つされど、はなはだ笑ふべき行為と目すべきは、彼れの語る時、傘を傾けて、又た炎々たる日光の直射する所となるを見ん、何ぞ愚の甚しきやと。然り、彼の意にして、もし『君は日下に立つ、同情に堪へず。予の傘の大なるか、或は君と深交あるならんには、予の傘下に君を入るるを悦びとせん。されど今、君を蔽ふ能はざるが故に、予も亦た君と苦を分つ』と云ふに非ざれば、彼の為す所は実に愚なり。此れと等しく、否、此れにも勝りて笑ふべき些細の行為尠しとせず。而して此等は単に動止習俗たるには非らずして、却つて他人の快感を察する、思慮ある感情の所謂『体』せられたるものなり。我国礼法の儀文の生じたる習慣中には、又た一事のはなはだ笑ふべきものあり。
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『春秋左氏伝』昭公三十年 旧に豊有り省有り先君も所有りて、紼を執るを助けたり。若し其れ間あらずんば、士大夫と雖も、數を獲ざる所有り。大國の惠は、亦た其の加ふるを慶して、其の乏しきを討たず。明らかに其の情を厎(いた)し、備はるを取るのみ、以って禮と為すなり。靈王の喪に、我が先君簡公楚に在り、我が先大夫印段實に往けり、敝邑の少卿なり。王吏討たざるは、無き所を恤めばなり。今大夫曰く、『女盍ぞ舊に從はざる』と。舊には豐有り省有り、從ふ所を知らず。其の豐に從はば、則ち寡君幼弱なり、是を以って共せず。其の省に從はば、則ち吉此に在り。唯だ大夫之を圖れ」と。晉人詰る能はず。吳子、徐人をして掩餘を執へしめ、鍾吾人をして燭庸を執へしむ。二公子楚に奔る。楚子大いに封じて其の徙るを定め、監馬尹大心をして吳の公子を逆へしめ、養に居らしむ。
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