春秋繁露 / 『春秋繁露』基義第五十三・愛を百、厳しさを一とする
天出陽為暖以生之、地出陰為清以成之、不暖不生、不清不成、然而計其多少之分、則暖暑居百而清寒居一、德教之與刑罰猶此也。故聖人多其愛而少其嚴、厚其德而簡其刑、以此配天。
新字:天出陽為暖以生之、地出陰為清以成之、不暖不生、不清不成、然而計其多少之分、則暖暑居百而清寒居一、徳教之与刑罰猶此也。故聖人多其愛而少其厳、厚其徳而簡其刑、以此配天。
書き下し
天は陽を出だして暖と為し以て之を生じ、地は陰を出だして清と為し以て之を成す。暖ならざれば生ぜず、清ならざれば成らず。然れども其の多少の分を計れば、則ち暖暑は百に居り、清寒は一に居る。徳教の刑罰に於けるも猶お此くのごとし。故に聖人は其の愛を多くして其の厳を少なくし、其の徳を厚くして其の刑を簡にし、此を以て天に配す。
現代語訳
天は陽を出して暖かさとし、それによって物を生み、地は陰を出して涼しさとし、それによって物を成就させます。暖かくなければ生まれず、涼しくなければ成りません。しかし、その量の割合を数えると、暖かさと暑さが百に対して、涼しさと寒さは一にすぎません。徳による教化と刑罰の関係もこれと同じです。ですから聖人は、愛を多くして厳しさを少なくし、徳を厚くして刑を簡素にし、そうして天に並び立つのです。
解説
物を育てるには暖かさも涼しさも要るが、その割合はほぼ百対一だと述べ、徳による教化と刑罰も同じ比率にせよと説きます。『春秋繁露』は前漢の董仲舒に帰される書で、天の陰陽に政治を重ねる議論です。数字は比喩であって実測ではありませんが、厳しさは不要なのではなく少量で効くものだという見方は示唆に富みます。部下の育成でいえば、日々の承認や支援を土台にしてこそ、数少ない厳しい指摘が相手に届くのだと読み直せます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
徳教刑罰愛と厳陰陽聖人
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