春秋繁露 / 『春秋繁露』陽尊陰卑第四十三・徳を先にして刑に頼らない
是故人主近天之所近、遠天之所遠、大天之所大、小天之所小。是故天數右陽而不右陰、務德而不務刑;刑之不可任以成世也、猶陰之不可任以成歲也;為政而任刑、謂之逆天、非王道也。
新字:是故人主近天之所近、遠天之所遠、大天之所大、小天之所小。是故天数右陽而不右陰、務徳而不務刑;刑之不可任以成世也、猶陰之不可任以成歳也;為政而任刑、謂之逆天、非王道也。
書き下し
是の故に人主は天の近づく所に近づき、天の遠ざくる所に遠ざかり、天の大とする所を大とし、天の小とする所を小とす。是の故に天数は陽を右とし陰を右とせず、徳を務めて刑を務めず。刑の以て世を成すに任ずべからざるや、猶お陰の以て歳を成すに任ずべからざるがごとし。政を為して刑に任ずるを、天に逆うと謂う。王道に非ざるなり。
現代語訳
だから君主は、天が近づけるものには近づき、天が遠ざけるものからは遠ざかり、天が大きくするものを大きくし、天が小さくするものを小さくします。そのため天の理は陽を重んじて陰を重んじず、徳に努めて刑には努めません。刑罰に頼って世を成り立たせることはできないのは、陰だけで一年を成り立たせることができないのと同じです。政治を行うのに刑罰に頼ることを、天に逆らうと言います。それは王の道ではありません。
解説
陽は徳、陰は刑にあたるとして、政治はまず徳を中心にし、刑罰を中心にしてはならないと説きます。陰陽で説明するのは成立当時の発想ですが、結論は明快です。罰則や締め付けだけでは、組織を長く維持できません。ルールと罰は必要でも、あくまで補助であり、基本は信頼と動機づけで人を動かす。管理職がコンプライアンスや規律を語るとき、締め付けだけに偏っていないか、目的や意義を語る時間を十分にとっているかを振り返る材料になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
陰陽徳刑王道逆天陽尊
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