春秋繁露 / 『春秋繁露』為人者天第四十一・上の好みに下は従う
傳曰:天生之、地載之、聖人教之。君者、民之心也、民者、君之體也;心之所好、體必安之;君之所好、民必從之。故君民者、貴孝弟而好禮義、重仁廉而輕財利、躬親職此於上而萬民聽、生善於下矣。故曰:先王見教之可以化民也。此之謂也。
新字:伝曰:天生之、地載之、聖人教之。君者、民之心也、民者、君之体也;心之所好、体必安之;君之所好、民必従之。故君民者、貴孝弟而好礼義、重仁廉而軽財利、躬親職此於上而万民聴、生善於下矣。故曰:先王見教之可以化民也。此之謂也。
書き下し
伝に曰く、天は之を生じ、地は之を載せ、聖人は之を教う。君は民の心なり。民は君の体なり。心の好む所は、体必ず之に安んず。君の好む所は、民必ず之に従う。故に民に君たる者は、孝弟を貴びて礼義を好み、仁廉を重んじて財利を軽んじ、躬親ら此を上に職れば、万民聴きて、善を下に生ず。故に曰く、先王は教の以て民を化すべきを見ると。此れを之れ謂うなり。
現代語訳
伝にこうあります。天が生み、地が載せ、聖人が教える。君主は民の心であり、民は君主の体です。心が好むものには、体は必ず従って安んじます。君主が好むものには、民は必ず従います。だから民の上に立つ者は、孝悌を貴んで礼義を好み、仁と廉潔を重んじて財貨や利益を軽んじ、自ら率先してそれを上で行えば、人々は耳を傾け、下に善が生まれます。だから、先王は教えが民を感化できることを見抜いていた、と言われます。これはそのことを指しています。
解説
君主を心、民を体にたとえ、上の好むものに下は自然と従う、という論です。そこから、上に立つ者が礼義や仁廉を好み、利益を軽んじて率先すれば、下に善が育つと述べます。君臣の関係を心と体の比喩で語るのは、成立当時の身分観の表れですが、組織文化は上が示すという点は今にも通じます。管理職が何を大切にし、何を褒め、何に熱心かが、チームの価値観になります。言葉より日々の態度が、部下に最も強いメッセージを送っています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
君民心体好尚教化孝弟礼義
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