尚書 / 畢命
四夷左衽,罔不咸賴,予小子永膺多福。公其惟時成周,建無窮之基,亦有無窮之聞。子孫訓其成式,惟乂。嗚呼!
新字:四夷左衽,罔不咸頼,予小子永膺多福。公其惟時成周,建無窮之基,亦有無窮之聞。子孫訓其成式,惟乂。嗚呼!
書き下し
四夷の左衽も、咸く頼らざる罔く、予小子永く多福を膺けん。公其れ惟れ時の成周に、無窮の基を建て、亦無窮の聞有らん。子孫其の成式に訓ひ、惟れ乂まらん。嗚呼(ああ)!
現代語訳
左前に衣を着る四方の異民族まで、みな頼りとしない者はなく、この若輩の私も永く多くの福を受けるであろう。公はこの成周において、限りない基を打ち立て、また限りない名声を得るであろう。子孫はその定めた手本に従い、よく治まるであろう。ああ、
解説
王は、周公・君陳・畢公の三人が心を合わせて道が行き渡れば、左前に衣を着る四方の異民族までみな周を頼りとし、王自身も永く福を受けるであろうと述べる。そして畢公に、成周で限りない基礎を築けば、限りない名声もまた得られ、子孫はその定めた手本に従って治まるであろうと励ましている。「左衽」は中原の人々から見た異民族の服装で、論語でも孔子が管仲の功を称えた際に、管仲がいなければ我らは左衽していただろうと用いた語である。目先の成果ではなく、後の世代が従える仕組みと手本を残すことこそが、本当の功績になる。長い時間軸で仕事の価値を考えさせる言葉である。本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
関連する章句
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尚書・畢命欽みて先王の成烈に若ひ、以て前政より休くせよ。」
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