呻吟語 / 内篇・修身・人の知らざる所の隱惡
不患無人所共知之顯名,而患有人所不知之隱惡。顯明雖著遠邇,而隱惡獲罪神明。省躬者懼之。
新字:不患無人所共知之顕名,而患有人所不知之隠悪。顕明雖著遠邇,而隠悪獲罪神明。省躬者懼之。
書き下し
人の共に知る所の顯名無きを患へずして、人の知らざる所の隱惡有るを患ふ。顯名は遠邇に著はると雖も、隱惡は神明に罪を獲る。躬を省みる者之を懼る。
現代語訳
人がみな知っている輝かしい名が無いことを心配せず、人が知らない隠れた悪があることを心配します。輝かしい名は遠近に知れ渡りますが、隠れた悪は神明に対して罪を得ます。自分を省みる者は、それを恐れます。
解説
心配すべきものの向きを入れ替えます。名声が無いことではなく、隠れた悪があること。前者は人の目に映る話で、後者は神明に対する話です。次元が違うのだから比べるまでもないという構えになっています。自分を省みる者だけがこの恐れを持つとされており、恐れの有無が省みているかどうかの印にもなっています。恐れの有無が、省みているかどうかの印にもなっています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
名声隠悪神明省察恐れ
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