尚書 / 康誥
汝念哉,無我殄享,明乃服命,高乃聽,用康乂民。」王若曰:「往哉,封!勿替敬,典聽朕誥,汝乃以殷民世享。」
新字:汝念哉,無我殄享,明乃服命,高乃聴,用康乂民。」王若曰:「往哉,封!勿替敬,典聴朕誥,汝乃以殷民世享。」
書き下し
汝念へや、我が享を殄(た)つこと無く、乃の服命を明らかにし、乃の聴を高くし、用て民を康乂せよ。」王若(かく)のごとく曰く、「往けや、封よ。敬を替(す)つること勿く、典(つね)に朕が誥を聴け、汝乃ち殷の民を以て世々享けん。」
現代語訳
汝はよく思え。我が(王家の)祭りを絶やすことなく、汝の職務と命令を明らかにし、汝の聞く力を高め、それによって民を安んじ治めよ。」王はこう言った。「行け、封よ。慎みを捨てることなく、常に私の誥げた言葉を聴け。そうすれば汝は殷の民とともに代々国を保つであろう。」
解説
康誥篇の結びである。王家の祭りを絶やすな、職務を明らかにせよ、聞く力を高めよと命じ、最後に「往けや封よ」と送り出して、慎みを捨てず常に誥の言葉を聴けば、殷の民とともに代々国を保てると締めくくる。「乃の聴を高くせよ」は、人の言葉をよく聞き分ける力を磨けという意味で、統治者に必要な資質として聞くことを重んじる尚書の考えがよく表れている。康誥全体を通じて、刑罰の慎重さ、民の痛みへの共感、殷の知恵に学ぶ姿勢が説かれてきたが、それを最後に「敬」の一字にまとめている。新しい任地に送り出す者への最後の言葉として、慎みと聞く力を託すことの大切さを教える。
関連する章句
-
尚書・康誥庸を庸とし、祗を祗とし、威を威とし、民に顕らかにし、用て肇めて我が区夏を造り、越(およ)び我が一二の邦、以て我が西土を修む。惟れ時れ怙(たの)み、冒(おほ)いに上帝に聞こえ、帝休(よみ)す。天乃ち大いに文王に命じ、戎殷を殪(たふ)し、誕いに厥の命と越に厥の邦・厥の民とを受けしむ。惟れ時れ敘(したが)ひ、乃の寡兄勖(つと)む、肆に汝小子封、茲の東土に在り。」王曰く、「嗚呼(ああ)、封よ。汝念へや。今民将に乃の文考に祗み遹(したが)ふに在らんとす、衣徳の言を紹ぎ聞き、往きて敷く殷の先哲王に求め、用て民を保乂せよ。汝丕いに遠く商の耇成人を惟ひ、心を宅(お)きて訓を知れ。別に求めて古先哲王に聞き由り、用て民を康保し、天に弘め、徳の若く乃の身を裕かにし、王命に在るを廃せざれ。」王曰く、「嗚呼(ああ)、小子封よ。恫瘝(とうかん)乃の身にあり、敬めや。天の畏るべきは忱(まこと)を棐(たす)く、民情大いに見るべし。小人は保ち難し。往きて乃の心を尽くし、康を好み逸豫すること無かれ、乃ち其れ民を乂めよ。我聞く、曰く、
-
尚書・康誥今惟れ民静かならず、未だ厥の心を戾(さだ)めず、迪くこと屢々なれども未だ同じからず。爽(あき)らかに惟れ天其れ我を罰殛するも、我其れ怨みず。惟れ厥の罪大に在る無く、亦多きに在る無し、矧んや曰く其れ尚ほ顕らかに天に聞こゆるをや。」王曰く、「嗚呼(ああ)、封よ、敬めや。怨みを作すこと無く、非謀非彝を用ひて時の忱を蔽ふこと勿かれ。丕いに則ち徳に敏(つと)め、用て乃の心を康んじ、乃の徳を顧み、乃の猷を遠くし、裕かにして乃ち以て民寧からば、汝を瑕殄(かてん)せず。」王曰く、「嗚呼(ああ)、肆(つと)めよ汝小子封。
-
尚書・康誥已(や)んぬるかな、汝惟れ小子、乃の服惟れ弘し。王殷の民を応保し、亦惟れ王を助けて天命を宅(さだ)め、新民を作せ。」王曰く、「嗚呼(ああ)、封よ。敬みて乃の罰を明らかにせよ。
-
尚書・康誥汝封人を刑し人を殺すに非ず、或いは人を刑し人を殺すこと無かれ。汝封又曰く人を劓刵(ぎじ)するに非ず、或いは人を劓刵すること無かれ。」王曰く、「外事は、汝時の臬(のり)を陳べ、司師茲の殷の罰の倫有るものとせよ。」又曰く、「要囚は、服念すること五六日、旬時に至りて、丕いに要囚を蔽(さだ)めよ。」王曰く、「汝時の臬事を陳べ、罰は殷の彝に蔽り、其の義刑義殺を用ひ、庸て以て汝封に次(ほしいまま)にすること勿かれ。乃ち汝尽く遜(したが)ひて、時れ敘すと曰ふとも、惟れ未だ遜ふ事有らずと曰へ。已(や)んぬるかな、汝惟れ小子、未だ其れ汝封の心の若き有らず。朕が心朕が徳は惟れ乃知る。凡そ民自ら罪を得、寇攘姦宄し、人を貨に殺越し、暋(びん)として死を畏れざる、凡そ民憝(にく)まざる罔し。」王曰く、「封よ。元悪大憝、矧んや惟れ不孝不友をや。子厥の父の事に祗み服せず、大いに厥の考の心を傷つく。父に于いて厥の子を字(いつく)しむ能はず、乃ち厥の子を疾む。弟に于いて天顕を念はず、乃ち厥の兄を恭する克はず。兄も亦鞠子の哀を念はず、大いに弟に友ならず。惟れ弔(いた)りて茲に至り、我が政人に罪を得ずんば、天の我が民に与へし彝大いに泯乱せん。曰く、乃ち其れ速やかに文王の作れる罰に由り、茲を刑して赦すこと無かれ。大戛(たいかつ)に率はざる、矧んや惟れ外庶子の人を訓ふる、惟れ厥の正人と越に小臣・諸節、乃ち別に播敷し、民の大誉を造(な)し、念はず庸ひず、厥の君を瘝(や)ましむ、時れ乃ち悪を引く、惟れ朕が憝なり。已んぬるかな、汝乃ち其れ速やかに茲の義に由りて率(おほむ)ね殺せ。亦惟れ君惟れ長、厥の家人と越に厥の小臣・外正を能くせず、惟れ威惟れ虐、大いに王命を放つ、乃ち徳を用て乂むるに非ず。汝も亦典を敬する克はざる罔くんば、乃ち由りて民を裕かにせよ。惟れ文王の敬忌、乃ち民を裕かにして曰く、『我惟れ及ぶ有り』と。則ち予一人以て懌(よろこ)ばん。」王曰く、「封よ。爽(あき)らかに惟れ民、吉康に迪(みちび)け。我時れ其れ惟れ殷の先哲王の徳もて、用て民を康乂し、作求(ならびもと)めん。矧んや今民迪く罔く、適(ゆ)かず、迪かずんば則ち政厥の邦に在る罔し。」王曰く、「封よ。予惟れ監みざるべからず、汝に徳の説を罰の行に于いて告ぐ。
-
尚書・康誥惟れ三月哉生魄、周公初めて基して新大邑を東国の洛に作る。四方の民大いに和会し、侯・甸・男・邦・采・衛、百工、播民、和して周に見(まみ)えて士(つか)ふ。周公咸勤(ねぎら)ひ、乃ち洪(おほ)いに大いに治を誥ぐ。王若(かく)のごとく曰く、「孟侯、朕が其の弟、小子封よ。惟れ乃の丕顕なる考文王、
-
尚書・康王之誥王出でて応門の内に在り。太保、西方の諸侯を率ゐて、応門の左に入る。畢公、東方の諸侯を率ゐて、応門の右に入る。皆乗黄朱を布く。賓、奉圭と兼幣とを称げて曰く、「一二の臣衛、敢へて壌奠を執る。」皆再拝稽首す。王、義として徳を嗣ぎ、答拝す。太保暨び芮伯咸く進み、相揖し、皆再拝稽首す。曰く、「敢へて敬みて天子に告ぐ、皇天大邦殷の命を改め、惟れ周の文武、誕いに羑若を受け、克く西土を恤む。惟れ新たに陟りし王、畢く賞罰を協へ、厥の功を戡定し、用て後人に休を敷き遺す。今王之を敬せよや。六師を張皇し、我が高祖の寡命を壊ること無かれ。」王若(かく)のごとく曰く、「庶邦の侯・甸・男・衛よ。惟れ予一人釗報誥す。昔君文武、丕いに平富にし、咎を務めず、齊信を厎至し、用て天下に昭明す。則ち亦熊羆の士、二心あらざるの臣有り、王家を保乂し、用て命を上帝に端す。皇天用て厥の道に訓ひ、四方を付畀す。乃ち命じて侯を建て屛を樹つるは、我が後の人に在り。今予一二の伯父、尚はくは胥暨に顧み、爾の先公の先王に臣服せしを綏んぜよ。爾の身は外に在りと雖も、乃の心は王室に在らざる罔かれ。用て奉じて厥の若ふを恤み、鞠子の羞を遺すこと無かれ。」群公既に皆命を聴き、相揖して、趨り出づ。王冕を釈ぎ、喪服に反る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る