尚書 / 咸有一德
惟吉凶不僭在人,惟天降災祥在德。今嗣王新服厥命,惟新厥德。終始惟一,時乃日新。
新字:惟吉凶不僭在人,惟天降災祥在徳。今嗣王新服厥命,惟新厥徳。終始惟一,時乃日新。
書き下し
惟れ吉凶僭(たが)はざるは人に在り、惟れ天災祥を降すは徳に在り。今嗣王新たに厥(そ)の命に服す、惟れ厥の徳を新たにせよ。終始惟れ一、時(こ)れ乃ち日に新たなり。
現代語訳
吉と凶が違わずに現れるのは、人の行いによる。天が災いや幸いを下すのは、徳のあるなしによる。今、嗣王は新たに天命を受けて位についた。その徳を新たにされよ。始めから終わりまで一貫していること、それがすなわち日々に新たであるということである。
解説
伊尹が太甲に、徳を新たにし続けよと説く一節である。吉凶も災いも幸いも、天が気まぐれに下すのではなく、人の行いと徳のあるなしに応じて現れると述べる。そのうえで、新たに天命を受けた王に、徳を新たにせよと求める。「終始惟れ一、時れ乃ち日に新たなり」は、始めから終わりまで一貫して徳を保つことこそが、日々新たであることだという意味である。一貫することと新たであることは矛盾せず、同じ志を保ちながら日々自らを改めていくことだとする考えで、『大学』の「日に新たに、日日に新たに」とも響き合う。この両立が、長く成長し続ける人と組織の姿である。本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
関連する章句
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尚書・咸有一德徳は惟れ一なれば、動くとして吉ならざる罔く、徳二三なれば、動くとして凶ならざる罔し。
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尚書・咸有一德伊尹既に政を厥(そ)の辟(きみ)に復(かへ)し、将に告げて帰らんとし、乃ち戒めを徳に陳(の)ぶ。曰く、「嗚呼(ああ)、天は諶(まこと)とし難く、命は常靡(な)し。厥の徳を常にすれば、厥の位を保つ。厥の徳常ならざれば、九有以て亡ぶ。夏王克く徳を庸(もち)ゐず、神を慢(あなど)り民を虐(しひた)ぐ。皇天保たず、万方を監(み)て、有命を啓迪(けいてき)し、一徳を眷求(けんきう)して、神の主と作(な)らしむ。惟れ尹躬(みづか)ら湯と暨(とも)に、咸(みな)一徳有り、克く天心を享(う)け、天の明命を受け、以て九有の師を有(たも)ち、爰(ここ)に夏の正を革(あらた)む。天の我が有商を私するに非ず、惟れ天一徳を祐(たす)く。商の下民に求むるに非ず、惟れ民一徳に帰す。
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