諸葛亮集 / 前出師表・第七段
臣本布衣,躬耕於南陽,苟全性命於亂世,不求聞達於諸侯。先帝不以臣卑鄙,猥自枉屈,三顧臣於草廬之中,諮臣以當世之事,由是感激,遂許先帝以驅馳。後值傾覆,受任於敗軍之際,奉命於危難之間,爾來二十有一年矣。先帝知臣謹慎,故臨崩寄臣以大事也。受命以來,夙夜憂歎,恐託付不效,以傷先帝之明,故五月渡瀘,深入不毛。今南方已定,兵甲已足,當獎率三軍,北定中原,庶竭駑鈍,攘除姦凶,興復漢室,還于舊都。此臣所以報先帝而忠陛下之職分也。至於斟酌損益,進盡忠言,則攸之、禕、允之任也。
新字:臣本布衣,躬耕於南陽,苟全性命於乱世,不求聞達於諸侯。先帝不以臣卑鄙,猥自枉屈,三顧臣於草廬之中,諮臣以当世之事,由是感激,遂許先帝以駆馳。後値傾覆,受任於敗軍之際,奉命於危難之間,爾来二十有一年矣。先帝知臣謹慎,故臨崩寄臣以大事也。受命以来,夙夜憂嘆,恐託付不効,以傷先帝之明,故五月渡瀘,深入不毛。今南方已定,兵甲已足,当獎率三軍,北定中原,庶竭駑鈍,攘除姦凶,興復漢室,還于旧都。此臣所以報先帝而忠陛下之職分也。至於斟酌損益,進尽忠言,則攸之、禕、允之任也。
書き下し
臣は本と布衣、躬ら南陽に耕し、苟くも性命を乱世に全うして、聞達を諸侯に求めず。先帝、臣の卑鄙なるを以てせず、猥りに自ら枉屈して、三たび臣を草廬の中に顧み、臣に諮るに当世の事を以てす。是に由りて感激し、遂に先帝に許すに駆馳を以てす。後に傾覆に値ひ、任を敗軍の際に受け、命を危難の間に奉じ、爾来二十有一年なり。先帝、臣の謹慎なるを知り、故に崩ずるに臨みて臣に寄するに大事を以てせり。命を受けて以来、夙夜憂歎し、託付の効あらずして、以て先帝の明を傷つけんことを恐る。故に五月瀘を渡り、深く不毛に入れり。今、南方已に定まり、兵甲已に足る。当に三軍を奨率し、北のかた中原を定め、庶はくは駑鈍を竭くし、姦凶を攘ひ除き、漢室を興復して、旧都に還すべし。此れ臣の先帝に報いて陛下に忠なる所以の職分なり。斟酌損益して、進んで忠言を尽くすに至りては、則ち攸之・禕・允の任なり。
現代語訳
私はもともと無位の平民で、自ら南陽で畑を耕し、乱世にただ命を全うできればと願い、諸侯に名が聞こえて立身することは求めていませんでした。先帝は私が卑しく取るに足らないことを問題とせず、かたじけなくも身を屈して、三度も草ぶきの庵を訪ねてくださり、当世の事を私に相談されました。これに感激して、ついに先帝のために奔走することをお約束したのです。その後、敗戦の混乱の中で任を受け、危難のさなかに命を奉じて、それから二十一年になります。先帝は私が慎み深いことを知っておられ、そのため崩御に臨んで、大事を私に託されました。命を受けてからというもの、朝夕に憂え嘆き、託されたことが果たせず、先帝の人を見る目を傷つけはしないかと恐れてきました。そこで五月に瀘水を渡り、深く不毛の地に入りました。いま南方はすでに平定され、兵と武具も十分に整いました。三軍を励まし率いて北に向かい、中原を平定すべきときです。わずかながら愚かで鈍い力を尽くして、悪しき者どもを払い除き、漢室を復興して旧都に還したいのです。これが、先帝に報い、陛下に忠を尽くす私の務めです。事情を斟酌し、損益を考え、進んで忠言を尽くす役目は、攸之、禕、允の任です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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諸葛亮集・後出師表・第二段臣、命を受くるの日より、寝ぬるに席に安んぜず、食らふに味を甘しとせず。北征を思惟するに、宜しく先づ南に入るべし、故に五月瀘を渡り、深く不毛に入り、日を并せて食らへり。臣は自ら惜しまざるに非ず。顧ふに王業は蜀都に偏安するを得ず、故に危難を冒して以て先帝の遺意を奉ずるなり。而るに議する者は謂ひて非計と為す。今、賊は適々西に疲れ、又た東に務む。兵法は労に乗ず、此れ進趨の時なり。
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諸葛亮集・前出師表・第八段願はくは陛下、臣に託するに討賊興復の効を以てせよ。効あらずんば、則ち臣の罪を治め、以て先帝の霊に告げよ。若し興徳の言無くんば、則ち攸之・禕・允らの慢を責め、以て其の咎を彰らかにせよ。陛下も亦た宜しく自ら課し、以て善道を諮諏し、雅言を察納すべし。深く先帝の遺詔を追へば、臣は恩を受くる感激に勝へず。今、当に遠く離るべく、表に臨みて涕泣し、云ふ所を知らず。
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諸葛亮集・後出師表・第四段夫れ平らげ難きは事なり。昔、先帝、楚に敗軍し、此の時に当りて、曹操は手を拊ち、天下已に定まれりと謂へり。然る後、先帝は東のかた呉・越に連なり、西のかた巴・蜀を取り、兵を挙げて北征し、夏侯は首を授く。此れ操の失計にして漢事将に成らんとするなり。然る後、呉は更めて盟に違ひ、関羽は毀敗し、秭帰に蹉跌し、曹丕は帝を称す。凡そ事は是の如く、逆め見るべきこと難し。臣は鞠躬尽瘁し、死して後に已まん。成敗利鈍に至りては、臣の明の能く逆め覩る所に非ざるなり。
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諸葛亮集・前出師表・第一段臣亮言ふ、先帝、創業いまだ半ばならずして中道にして崩殂し、今、天下三分し、益州は疲弊す。此れ誠に危急存亡の秋なり。然れども侍衞の臣は内に懈らず、忠志の士は身を外に忘るるは、蓋し先帝の殊遇を追ひて、これに陛下に報いんと欲すればなり。
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諸葛亮集・後出師表・第一段先帝は漢賊の両立せず、王業は偏安せざるを慮る。故に臣に託するに賊を討つを以てするなり。先帝の明を以て、臣の才を量れば、故より臣の賊を伐つに、才弱くして敵強きを知る。然れども賊を伐たざれば、王業も亦た亡ぶ。惟だ坐して亡ぶを待たんよりは、孰与ぞ之を伐たん。是の故に臣に託して疑はざるなり。
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諸葛亮集・後出師表・第三段謹んで其の事を左の如く陳ぶ。高帝は明らかなること日月に並び、謀臣は淵深なるも、険を涉り創を被り、危ふくして然る後に安んず。今、陛下は未だ高帝に及ばず、謀臣は良・平に如かず、而も長計を以て勝ちを取り、坐して天下を定めんと欲す。此れ臣の未だ解せざる一なり。劉繇・王朗は各々州郡に拠り、安を論じ計を言ふに、動もすれば聖人を引き、群疑は腹に満ち、衆難は胸を塞ぎ、今歳戦はず、明年征せず、孫策をして坐大せしめ、遂に江東を并せしむ。此れ臣の未だ解せざる二なり。曹操は智計人に殊絶し、其の用兵や髣髴として孫・呉なり。然れども南陽に困しみ、烏巣に険ふく、祁連に危ふく、黎陽に偪られ、北山に幾ど敗れ、潼関に殆ど死し、然る後に偽に一時を定めしのみ。況んや臣は才弱きに、不危を以て之を定めんと欲す。此れ臣の未だ解せざる三なり。曹操は昌霸を五たび攻めて下さず、巣湖を四たび越えて成らず、李服を任用して李服之を図り、夏侯に委ねて夏侯敗亡す。先帝は毎に操を称して能と為せるに、猶ほ此の失有り。況んや臣は駑下なるに、何ぞ能く必ず勝たん。此れ臣の未だ解せざる四なり。臣の漢中に到りしより、中間朞年のみ。然れども趙雲・陽羣・馬玉・閻芝・丁立・白壽・劉郃・鄧銅ら及び曲長・屯将七十余人を喪ひ、突将の無前、賨・叟、青羌、散騎・武騎一千余人を失へり。此れ皆数十年の内に糾合せし四方の精鋭にして、一州の有する所に非ず。若し復た数年ならば、則ち三分の二を損なはん。当に何を以て敵を図るべき。此れ臣の未だ解せざる五なり。今、民は窮し兵は疲るるに、事は息むべからず。事息むべからざれば、則ち住と行と労費正に等し。而るに今に及びて之を図らず、一州の地を以て賊と持久せんと欲す。此れ臣の未だ解せざる六なり。
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