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初学訓 / 巻之五

惜むべし。和漢の古の事を考ふるにも、此道理たがはず。されども、遠きことを引くにも及ばず、わが日の本百年以來、このごろに至りて、まのあたりに見聞きたる、世間の諸人のなせることを考へ見て、其益あると益なきとを知るべし。凡そ俗人は、無學にして道理に暗きのみならず、利分の損得をも知らず。故に、善を行ひて天道にかなへば、必ず天喜び、人喜びて、禍なく福あり。惡を行ひて天道に背けば、必ず天怒り人恨みて、禍あり、福なきことを知らず。つねに天道を畏れずして、かへつて侮り背き、私を恣にし、ことさら、天の子としてあはれみ給へる人を惠まずして、侮り苦め、身のわざはひを求め、身の亡ぶることをなして樂とす。つひに天道神明の責をかうぶりて、亡びざれば止まず。かなしむべきかな。是れ道理に暗きのみならず、損得をも知らざるなり。

新字:惜むべし。和漢の古の事を考ふるにも、此道理たがはず。されども、遠きことを引くにも及ばず、わが日の本百年以来、このごろに至りて、まのあたりに見聞きたる、世間の諸人のなせることを考へ見て、其益あると益なきとを知るべし。凡そ俗人は、無学にして道理に暗きのみならず、利分の損得をも知らず。故に、善を行ひて天道にかなへば、必ず天喜び、人喜びて、禍なく福あり。悪を行ひて天道に背けば、必ず天怒り人恨みて、禍あり、福なきことを知らず。つねに天道を畏れずして、かへつて侮り背き、私を恣にし、ことさら、天の子としてあはれみ給へる人を恵まずして、侮り苦め、身のわざはひを求め、身の亡ぶることをなして楽とす。つひに天道神明の責をかうぶりて、亡びざれば止まず。かなしむべきかな。是れ道理に暗きのみならず、損得をも知らざるなり。

書き下し

惜むべし。和漢の古の事を考ふるにも、此道理たがはず。されども、遠きことを引くにも及ばず、わが日の本百年以来、このごろに至りて、まのあたりに見聞きたる、世間の諸人のなせることを考へ見て、其益あると益なきとを知るべし。凡そ俗人は、無学にして道理に暗きのみならず、利分の損得をも知らず。故に、善を行ひて天道にかなへば、必ず天喜び、人喜びて、禍なく福あり。悪を行ひて天道に背けば、必ず天怒り人恨みて、禍あり、福なきことを知らず。つねに天道を畏れずして、かへつて侮り背き、私を恣にし、ことさら、天の子としてあはれみ給へる人を恵まずして、侮り苦め、身のわざはひを求め、身の亡ぶることをなして楽とす。つひに天道神明の責をかうぶりて、亡びざれば止まず。かなしむべきかな。是れ道理に暗きのみならず、損得をも知らざるなり。

現代語訳

惜しむべきことです。日本と中国の昔の事を考えても、この道理は違いません。けれども、遠い例を引くまでもなく、わが日本の百年このかた、近ごろに至るまで、目の当たりに見聞きした世間の人々のしたことを考えて、その益があるものと益のないものを知るべきです。およそ俗人は、学問がなくて道理に暗いだけでなく、利の損得も知りません。だから、善を行って天道にかなえば、必ず天が喜び人が喜んで、禍なく福があり、悪を行って天道に背けば、必ず天が怒り人が恨んで、禍があり福がないことを知りません。常に天道を畏れずに、かえって侮り背き、私心をほしいままにし、ことに天の子として憐れまれる人を恵まずに、侮り苦しめ、身の禍を求め、身の滅びることをして楽しみとします。ついに天道神明の責めを受けて、滅びなければやみません。悲しむべきことです。これは道理に暗いだけでなく、損得をも知らないのです。

解説

益軒は、悪を行う人は道徳に暗いだけでなく、損得の計算もできていないのだと鋭く指摘します。善を行えば人が喜び、悪を行えば人が恨むのだから、長い目で見れば善のほうがずっと得なのです。遠い歴史を引かずとも、この百年の身近な人々の栄枯盛衰を見れば分かると言います。現代でも、不正で一時の利益を得た企業や人が、信用を失って没落する例は後を絶ちません。道徳と損得は対立するものではなく、長い目で見れば一致するという、実践的な教えです。

この章句が説くこと

損得道理天道善悪信用

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