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初学訓 / 巻之五

一善を行ひ、人民を愛すれば、必ず天の惠ありて益あり。善を行ひて、必ず益を得る。愚者は、益なきことを行ひて、禍をのがれず。人は、只智者のするわざをなすべし、愚者のわざをなすべからず。一天地の御心にしたがひて、人をあはれみ、人の患をすくひ、飢をたすけ、歎をやめ、善をつねに行ふ人は、必ず天地のめぐみあり、神明の助あり。是、人を救へば、わが身のさいはひとなる。然れば、是に及べる大なる祈禱なく、功德なし。世の人、此理を知らず、神佛に洽く諂ひ、又は、功德をなすと思ひて、民に益なきことに、そくばくの財をつひやし用ふれども、不仁にして人倫を愍まざれば、いかほど財と力とを用ひて祈れども、天道神明の助なくして、身にも子孫にもさいはひなし。

新字:一善を行ひ、人民を愛すれば、必ず天の恵ありて益あり。善を行ひて、必ず益を得る。愚者は、益なきことを行ひて、禍をのがれず。人は、只智者のするわざをなすべし、愚者のわざをなすべからず。一天地の御心にしたがひて、人をあはれみ、人の患をすくひ、飢をたすけ、嘆をやめ、善をつねに行ふ人は、必ず天地のめぐみあり、神明の助あり。是、人を救へば、わが身のさいはひとなる。然れば、是に及べる大なる祈祷なく、功徳なし。世の人、此理を知らず、神仏に洽く諂ひ、又は、功徳をなすと思ひて、民に益なきことに、そくばくの財をつひやし用ふれども、不仁にして人倫を愍まざれば、いかほど財と力とを用ひて祈れども、天道神明の助なくして、身にも子孫にもさいはひなし。

書き下し

一善を行ひ、人民を愛すれば、必ず天の恵ありて益あり。善を行ひて、必ず益を得る。愚者は、益なきことを行ひて、禍をのがれず。人は、只智者のするわざをなすべし、愚者のわざをなすべからず。一天地の御心にしたがひて、人をあはれみ、人の患をすくひ、飢をたすけ、嘆をやめ、善をつねに行ふ人は、必ず天地のめぐみあり、神明の助あり。是、人を救へば、わが身のさいはひとなる。然れば、是に及べる大なる祈祷なく、功徳なし。世の人、此理を知らず、神仏に洽く諂ひ、又は、功徳をなすと思ひて、民に益なきことに、そくばくの財をつひやし用ふれども、不仁にして人倫を愍まざれば、いかほど財と力とを用ひて祈れども、天道神明の助なくして、身にも子孫にもさいはひなし。

現代語訳

善を行い人民を愛すれば、必ず天の恵みがあって益があります。善を行って必ず益を得るのです。愚かな者は益のないことを行って、禍を逃れられません。人はただ智者のすることをすべきで、愚者のすることをしてはいけません。天地の御心に従って、人を憐れみ、人の患いを救い、飢えを助け、嘆きをやめさせ、善を常に行う人には、必ず天地の恵みがあり、神明の助けがあります。これは人を救えば、わが身の幸いとなるということです。だから、これに及ぶ大きな祈祷はなく、功徳もありません。世の人はこの理を知らずに、神仏にあまねくへつらい、また功徳をなすと思って、民に益のないことに多くの財を費やし用いますが、不仁で人々を憐れまなければ、どれほど財と力を用いて祈っても、天道神明の助けはなく、身にも子孫にも幸いはありません。

解説

人を救うことこそ最大の祈祷であり功徳だと、益軒ははっきり言います。神仏への寄進や祈祷に多くの財を費やしても、人を憐れむ心がなければ意味がない。その財を困っている人のために使えというのです。当時、寺社への過度な寄進や豪華な法会が盛んだったことへの批判でもあります。現代でいえば、見栄のための支出や形だけの社会貢献より、本当に困っている人に届く支援のほうが意味がある、ということでしょう。お金の使い道にこそ人の心が表れるのです。

この章句が説くこと

祈祷功徳救済仁財

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