初学訓 / 巻之四
一暇ある時は、月花をめで風景を感じ、山水を望み園に遊び、詩歌を吟ずるも、よき程に好めば、道に害なし。是亦、風雅なる君子の樂なり。古人、名敎の內におのづから樂地ありといへるは、聖人の道の敎の内に、世俗の樂にあらずして、至れる樂あるをいふ。私慾の樂を好めば、かへつて身の禍となる。恐るべし、好むべからず。
新字:一暇ある時は、月花をめで風景を感じ、山水を望み園に遊び、詩歌を吟ずるも、よき程に好めば、道に害なし。是亦、風雅なる君子の楽なり。古人、名教の内におのづから楽地ありといへるは、聖人の道の教の内に、世俗の楽にあらずして、至れる楽あるをいふ。私慾の楽を好めば、かへつて身の禍となる。恐るべし、好むべからず。
書き下し
一暇ある時は、月花をめで風景を感じ、山水を望み園に遊び、詩歌を吟ずるも、よき程に好めば、道に害なし。是亦、風雅なる君子の楽なり。古人、名教の内におのづから楽地ありといへるは、聖人の道の教の内に、世俗の楽にあらずして、至れる楽あるをいふ。私慾の楽を好めば、かへつて身の禍となる。恐るべし、好むべからず。
現代語訳
暇のあるときは、月や花を愛で、風景に感じ、山水を眺め、庭に遊び、詩歌を吟じるのも、ほどよく好めば道に害はありません。これもまた風雅な君子の楽しみです。古人が「名教の内におのずから楽しみの地がある」と言ったのは、聖人の道の教えの中に、世俗の楽しみではない、至上の楽しみがあることをいうのです。私欲の楽しみを好めば、かえって身の禍となります。恐るべきで、好んではいけません。
解説
益軒は禁欲だけを説いたのではなく、月や花を愛で、山水を眺め、詩歌を詠む風雅の楽しみを、ほどよければ君子の楽しみだと認めています。旅を好み、各地の紀行文も残した益軒らしい姿勢です。「名教の中に自ずから楽地有り」は、晋の楽広の言葉として『世説新語』に見えるものです。趣味や自然を楽しむことは、人生を豊かにします。ただし度を越して私欲の楽しみに変われば禍となる。ほどよさを知ることが楽しみを長く保つ秘訣なのです。
この章句が説くこと
風雅楽しみ自然節度名教
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