初学訓 / 巻之四
一文學を好みて、義理をこのまざるを、俗學といふ。たとひ、四書五經を專に讀み、其文義に通じ、程朱の學をするとも、義理を好まざるは、俗學なり。いやしむべし。一國土に四民あり、士農工商なり。四民みな、義理を行ふことは一にして、利養を求むることわざ、各かはれり。義理を行ふとは、卽人倫の道を行ふをいふ。是四民ともに同じ。利養は、世を渡るいとなみなり。是四民各かはれり。
新字:一文学を好みて、義理をこのまざるを、俗学といふ。たとひ、四書五経を専に読み、其文義に通じ、程朱の学をするとも、義理を好まざるは、俗学なり。いやしむべし。一国土に四民あり、士農工商なり。四民みな、義理を行ふことは一にして、利養を求むることわざ、各かはれり。義理を行ふとは、即人倫の道を行ふをいふ。是四民ともに同じ。利養は、世を渡るいとなみなり。是四民各かはれり。
書き下し
一文学を好みて、義理をこのまざるを、俗学といふ。たとひ、四書五経を専に読み、其文義に通じ、程朱の学をするとも、義理を好まざるは、俗学なり。いやしむべし。一国土に四民あり、士農工商なり。四民みな、義理を行ふことは一にして、利養を求むることわざ、各かはれり。義理を行ふとは、即人倫の道を行ふをいふ。是四民ともに同じ。利養は、世を渡るいとなみなり。是四民各かはれり。
現代語訳
文章や学識を好んで、義理を好まないのを俗学といいます。たとえ四書五経をひたすら読み、その文の意味に通じ、程子や朱子の学問をしても、義理を好まないのは俗学です。卑しむべきです。国土には四民があります。士農工商です。四民はみな、義理を行うことは一つで、利養を求める仕事はそれぞれ違います。義理を行うとは、人倫の道を行うことをいいます。これは四民ともに同じです。利養とは、世を渡る営みです。これは四民それぞれ違います。
解説
この章句が説くこと
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