初学訓 / 巻之三
弓射る者の、的に志すが如し。志を立つるは、たとへば、飢渴の時に飮食を思ふが如く、切なるべし。これ學問の基なり。善を好むにおこたりあるは、志を立つるにあらず。もし學をするに善を好む志なくんば、萬卷の書をよむとも、藝能を習ふに同じ。只才能のみ進みて、德行をつとめずんば、眞の學問にはあらず。眞の學問は、德行をつとむること、文學をつとむるより厚くすべし。
新字:弓射る者の、的に志すが如し。志を立つるは、たとへば、飢渇の時に飲食を思ふが如く、切なるべし。これ学問の基なり。善を好むにおこたりあるは、志を立つるにあらず。もし学をするに善を好む志なくんば、万巻の書をよむとも、芸能を習ふに同じ。只才能のみ進みて、徳行をつとめずんば、真の学問にはあらず。真の学問は、徳行をつとむること、文学をつとむるより厚くすべし。
書き下し
弓射る者の、的に志すが如し。志を立つるは、たとへば、飢渇の時に飲食を思ふが如く、切なるべし。これ学問の基なり。善を好むにおこたりあるは、志を立つるにあらず。もし学をするに善を好む志なくんば、万巻の書をよむとも、芸能を習ふに同じ。只才能のみ進みて、徳行をつとめずんば、真の学問にはあらず。真の学問は、徳行をつとむること、文学をつとむるより厚くすべし。
現代語訳
弓を射る者が的に向かって志すようなものです。志を立てることは、たとえば飢えや渇きのときに飲食を思うように、切実であるべきです。これが学問の基です。善を好むことに怠りがあるのは、志を立てたことにはなりません。もし学問をするのに善を好む志がなければ、万巻の書を読んでも、芸能を習うのと同じです。ただ才能だけが進んで、徳行に努めなければ、本当の学問ではありません。本当の学問は、徳行に努めることを、文学に努めることより厚くすべきです。
解説
この章句が説くこと
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