初学訓 / 巻之三
一學問する人は、まづ志を立つべし。志を立つるとは、君子とならんことを、常に心がけて忘れざるをいふ。たとへば、都に行く人、一步をふみ出すより、念々都に上ることを忘れざるが如くなるべし。君子とは、德の至れる人をいふ。君子となる道は、善を好むに、誠あるを以て本とす。善を好まざれば本たゝず。其上には、書を讀みよく學んで道を知りて、其知れる所をつとめ行ふにあり。およそ學問するは、まづ道を知り善を行ひて、つひに君子とならんことを志して止まざるを、志を立つるといふ。是、君子の學問は、つねに善を行ふを以て心とすべし。善を行はざれば、學問も無用のことなり。善を行ふ人は善人なり、其至は君子となる。故に、學問の道は、つねに善を行ひて、君子にいたるを以て目あてとす。
新字:一学問する人は、まづ志を立つべし。志を立つるとは、君子とならんことを、常に心がけて忘れざるをいふ。たとへば、都に行く人、一歩をふみ出すより、念々都に上ることを忘れざるが如くなるべし。君子とは、徳の至れる人をいふ。君子となる道は、善を好むに、誠あるを以て本とす。善を好まざれば本たゝず。其上には、書を読みよく学んで道を知りて、其知れる所をつとめ行ふにあり。およそ学問するは、まづ道を知り善を行ひて、つひに君子とならんことを志して止まざるを、志を立つるといふ。是、君子の学問は、つねに善を行ふを以て心とすべし。善を行はざれば、学問も無用のことなり。善を行ふ人は善人なり、其至は君子となる。故に、学問の道は、つねに善を行ひて、君子にいたるを以て目あてとす。
書き下し
一学問する人は、まづ志を立つべし。志を立つるとは、君子とならんことを、常に心がけて忘れざるをいふ。たとへば、都に行く人、一歩をふみ出すより、念々都に上ることを忘れざるが如くなるべし。君子とは、徳の至れる人をいふ。君子となる道は、善を好むに、誠あるを以て本とす。善を好まざれば本たたず。其上には、書を読みよく学んで道を知りて、其知れる所をつとめ行ふにあり。およそ学問するは、まづ道を知り善を行ひて、つひに君子とならんことを志して止まざるを、志を立つるといふ。是、君子の学問は、つねに善を行ふを以て心とすべし。善を行はざれば、学問も無用のことなり。善を行ふ人は善人なり、其至は君子となる。故に、学問の道は、つねに善を行ひて、君子にいたるを以て目あてとす。
現代語訳
学問する人は、まず志を立てるべきです。志を立てるとは、君子になることを常に心がけて忘れないことをいいます。たとえば都に行く人が、一歩を踏み出したときから、常に都に上ることを忘れないようであるべきです。君子とは、徳の至った人をいいます。君子となる道は、善を好むことに誠があることを本とします。善を好まなければ本は立ちません。そのうえは、書を読みよく学んで道を知り、その知ったところを努め行うことにあります。およそ学問するとは、まず道を知り善を行って、ついに君子になろうと志してやまないことを、志を立てるといいます。君子の学問は、常に善を行うことを心とすべきです。善を行わなければ、学問も無用のことです。善を行う人は善人であり、その至りは君子となります。だから学問の道は、常に善を行って君子に至ることを目当てとします。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『初学訓』巻之三一善を行ふに、愛敬の心を本とすべし。其人に随ひて、愛敬に厚薄有るべし。一学問するに、道を知らんことを以て心とし、善を行ひて、人を愛し助くるを以て事とすべし。是、学問の要とする所、本を務むるなり。其目的は、君子とならんことを期するを以て志とすべし。然らずして、才学のみに心を用ひ、是を以て、みづから誇り、人を侮る故、書を読まざる時より、心ざま、かへつて悪しくなりもて行けり。是、君子となることを好まずして、小人となることを学ぶなり。書を読むによつて、かへつて小人となるは口をし。もし如斯ならば、学問すれば人品悪しくなると、俗人のいへるも宜なり。かかる学問は、せざるに如かず。されども、それによつて学問せざるは、たとへば噎によつて食せざるが如し。食は日用の物なり。むせたるは、食する人の過なり。
-
『大和俗訓』巻之二・為学下一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。
-
『初学訓』巻之三一人となりては、稚き時より、其父兄となる人は、其子弟に、書を読ませ、道を学ばしむべし。学問の道は他なし、只道を知りて、善悪を明らかにわかち、善を行ひ悪を去るにあり。故に、君子の学問は、仁心を保ち、つねに善を行ふを宗とす。善を行はざれば、博学にして経伝に明らかなるも、無用のことなり。大人は、善を行へば、其ほどこしひろし。然れども、極めて賤しき乞丐といへども、善を行ふに志あれば、其分に随ひて、其功多し。故に、学問する人は、只つねに善をするに志ありて、日々、善を行ふをつとめとすべし。
-
『益軒家訓』聖学須勤凡人たるものは、聖人の教を貴び受け、強く志を立て、人の道を学び知り、勤め行ひて君子とならん事を思ひ、常に心にかけて怠るべからず。これ聖学に志すの道なり。其学問の法は、書を読み古を考へ、人に問ひ己におもひ、人の諫いましめを聴用ひ、常に我が身を顧て、我が愚なる事を知り、わが不善なる事を知り、わが過を改めて善にうつるべし。君子の過ちや日月の食の如し、過つや人皆之を見、更むるや人皆之を仰ぐ。また小人の過つや、かならず文る。過をはぢて蔽ひかくすは小人の心なり、甚卑し。古語に聖人に非ずんば誰か能く過ち無からん、過ちて能く改むる、善焉より大なるは莫しといへり。仮にも我を智ありとし、善也と思ふべからず。わが身のちからをたのみて、人を愚なりとし、侮るべからず。諫を拒ぎ、我を是とすべからず。
-
『翁問答』下卷之本心きたなくけがれて身の行ひよこしまなるをば、凡夫の口にも犬畜生など云ていやしみぬれば、正真の学問の志なき人はまことの人にあらざれば其はぢを知るべし、学問はせぬがよしといへる人にむかひて、わとのは犬畜生のごとき悪人なりとそしらば、必さしちがふべくいかりをなすべし、又心いさぎよく行儀正しき君子なりとほめたらんは、必ずえみをふくみてよろこぶべし、然るときは学問はせぬがよしと云へるは、其人の本意にあらず、只学問の本然をしらず、書物をよむばかりを学問とわきまへたるあやまりなり
-
論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る