初学訓 / 巻之三
一人の身のわざ五あり。貌言、視聽思なり。貌とは、身のかたちのうごきをいふ。貌と、言と、視と、聽と、心に思ふと、すべて五のわざなり。思ふは其本なり。善を好み惡を嫌ひて、邪念を起さゞるは、是思をつゝしみて、意を誠にするなり。凡、此五事をつゝしみて正しくすれば、身修まる。論語に、視と聽と言と動と、禮にかなへば、卽ち仁なることを說き給へり。右にいへる五事と同じ。人の身のわざは、視、聽、言、動の四に過ぎず。四のわざに、皆天然の則ありて、行ふべき道理あり、是を禮といふ。此四のわざにつきて、爲まじき事を爲るは皆非禮なり。心と身との非禮を戒めて、非禮にして物を見、物をきゝ、物をいひ、非禮にしてかたちを動かすことなかれ。かくの如くすれば、事々皆禮にかなひて、人欲の私なく、天理行はれて、本心の德闕けず。是卽ち仁なり。仁とは、人の本心の德なり。
新字:一人の身のわざ五あり。貌言、視聴思なり。貌とは、身のかたちのうごきをいふ。貌と、言と、視と、聴と、心に思ふと、すべて五のわざなり。思ふは其本なり。善を好み悪を嫌ひて、邪念を起さゞるは、是思をつゝしみて、意を誠にするなり。凡、此五事をつゝしみて正しくすれば、身修まる。論語に、視と聴と言と動と、礼にかなへば、即ち仁なることを説き給へり。右にいへる五事と同じ。人の身のわざは、視、聴、言、動の四に過ぎず。四のわざに、皆天然の則ありて、行ふべき道理あり、是を礼といふ。此四のわざにつきて、為まじき事を為るは皆非礼なり。心と身との非礼を戒めて、非礼にして物を見、物をきゝ、物をいひ、非礼にしてかたちを動かすことなかれ。かくの如くすれば、事々皆礼にかなひて、人欲の私なく、天理行はれて、本心の徳闕けず。是即ち仁なり。仁とは、人の本心の徳なり。
書き下し
一人の身のわざ五あり。貌言、視聴思なり。貌とは、身のかたちのうごきをいふ。貌と、言と、視と、聴と、心に思ふと、すべて五のわざなり。思ふは其本なり。善を好み悪を嫌ひて、邪念を起さざるは、是思をつつしみて、意を誠にするなり。凡、此五事をつつしみて正しくすれば、身修まる。論語に、視と聴と言と動と、礼にかなへば、即ち仁なることを説き給へり。右にいへる五事と同じ。人の身のわざは、視、聴、言、動の四に過ぎず。四のわざに、皆天然の則ありて、行ふべき道理あり、是を礼といふ。此四のわざにつきて、為まじき事を為るは皆非礼なり。心と身との非礼を戒めて、非礼にして物を見、物をきき、物をいひ、非礼にしてかたちを動かすことなかれ。かくの如くすれば、事々皆礼にかなひて、人欲の私なく、天理行はれて、本心の徳闕けず。是即ち仁なり。仁とは、人の本心の徳なり。
現代語訳
人の身の行いには五つあります。貌・言・視・聴・思です。貌とは身の形の動きをいいます。貌と、言葉と、見ることと、聞くことと、心に思うことと、すべて五つの行いです。思うことがその本です。善を好み悪を嫌って邪念を起こさないのは、思うことを慎んで意を誠にすることです。およそこの五つの事を慎んで正しくすれば、身は修まります。『論語』に、見ること・聞くこと・言うこと・動くことが礼にかなえば、それが仁であると説かれています。右に述べた五事と同じです。人の身の行いは、視・聴・言・動の四つにすぎません。この四つの行いには、みな天然の規則があって、行うべき道理があります。これを礼といいます。この四つの行いについて、すべきでない事をするのは、みな非礼です。心と身の非礼を戒めて、非礼のままに物を見、物を聞き、物を言い、非礼のままに体を動かしてはいけません。このようにすれば、事ごとにみな礼にかなって、人欲の私心がなく、天理が行われて、本心の徳が欠けません。これが仁です。仁とは人の本心の徳です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之五洪範の五事も、亦各徳有り。所謂物有れば必ず則有るなり。五事も亦四勿と相表裏を為す。蓋し四勿の工夫有れば、則ち五事の徳有り。四勿と五事と、其の数同じからざる者は、何ぞや。蓋し貌と思との二者は、倶に動に属す。貌は外に動き、思は内に動くなり。
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言志四録・言志後録 第二百五十条 途に柩に遇ふ時の礼邦俗、途に柩に遇ふ時、貴人は則ち輿夫輿を擡げて走行し、徒行する者は則ち左右に顧みて唾す。太だ謂れ無きなり。宜しく旁らに辟けて佇立し、少しく俯すべし。是れ喪を哀しみて貌を変ずるなり。又途に縲絏の者に遇はば、則ち宜しく亦旁らに辟けて正視すること勿るべし。是れ罪を悪みて人を恤むなり。瞽者には則ち宜しく我より路を辟け、倹僕をして喝せしむること勿るべし。是れ仁者の用心なり。然れども貴人に在りては儀衛騶従を具ふれば、則ち行路自ら常法有り、必ずしも是くの如くするを得ず。但だ宜しく従者をして此の意を体知せしむべし。柩若しくは罪人に遇ひて、輿を擡げて疾走するが如きに至りては、則ち之を繳めしめて可なり。
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