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初学訓 / 巻之三

人の過は知りやすく、わが過は知りがたきは、人を見るには私なし、故に明らかなり。我が身には私して、過惡をも知らず。わが身に過あれども知らざるは愚なり。知りて改めざるは惡なり、その罪ふかし。明鏡と雖も、其裏を照さず、智者といへども、わが身を知るには暗し。故に、君子はまづ我が身をかへりみて、其過を知るべし。其上道ある人に交りて、其諫をきゝ、過を改めて善にうつる、是學者の益なり。子路は、人其過を告げきかすれば喜べり。こゝを以て、程子の言に、子路も亦百世の師なりといへり。人、わづかなる酒肴くだものなどの贈物をうけてだに、めで喜ばぬものなし。いはんや、過を告げ善言を進むるをや。これほど大なる惠みあらんや。

新字:人の過は知りやすく、わが過は知りがたきは、人を見るには私なし、故に明らかなり。我が身には私して、過悪をも知らず。わが身に過あれども知らざるは愚なり。知りて改めざるは悪なり、その罪ふかし。明鏡と雖も、其裏を照さず、智者といへども、わが身を知るには暗し。故に、君子はまづ我が身をかへりみて、其過を知るべし。其上道ある人に交りて、其諫をきゝ、過を改めて善にうつる、是学者の益なり。子路は、人其過を告げきかすれば喜べり。こゝを以て、程子の言に、子路も亦百世の師なりといへり。人、わづかなる酒肴くだものなどの贈物をうけてだに、めで喜ばぬものなし。いはんや、過を告げ善言を進むるをや。これほど大なる恵みあらんや。

書き下し

人の過は知りやすく、わが過は知りがたきは、人を見るには私なし、故に明らかなり。我が身には私して、過悪をも知らず。わが身に過あれども知らざるは愚なり。知りて改めざるは悪なり、その罪ふかし。明鏡と雖も、其裏を照さず、智者といへども、わが身を知るには暗し。故に、君子はまづ我が身をかへりみて、其過を知るべし。其上道ある人に交りて、其諫をきき、過を改めて善にうつる、是学者の益なり。子路は、人其過を告げきかすれば喜べり。ここを以て、程子の言に、子路も亦百世の師なりといへり。人、わづかなる酒肴くだものなどの贈物をうけてだに、めで喜ばぬものなし。いはんや、過を告げ善言を進むるをや。これほど大なる恵みあらんや。

現代語訳

人の過ちは知りやすく、自分の過ちは知りがたいのは、人を見るときには私心がないので明らかだからです。わが身には私心があって、過ちや悪も分かりません。自分に過ちがあっても知らないのは愚かです。知って改めないのは悪であり、その罪は深い。明るい鏡でも、その裏は照らせません。智者であっても、自分を知ることには暗いのです。だから君子はまず自分を顧みて、その過ちを知るべきです。そのうえ道のある人と交わって、その諫めを聞き、過ちを改めて善に移る、これが学ぶ者の益です。子路は、人がその過ちを告げてくれると喜びました。このため程子は「子路もまた百世の師である」と言いました。人はわずかな酒や肴、果物などの贈り物を受けてさえ、喜ばない者はありません。まして過ちを告げ、善い言葉を勧めてくれることは、なおさらです。これほど大きな恵みがあるでしょうか。

解説

人の過ちはよく見えるのに、自分の過ちは見えない。鏡は裏を照らせないという喩えで、益軒はその理由を私心に求めます。だからこそ、率直に指摘してくれる人が必要なのです。『孟子』公孫丑上篇に「子路は人之に告ぐるに過有るを以てすれば則ち喜ぶ」とあり、程子はその子路を百世の師と称えました。ちょっとした贈り物は喜ぶのに、忠告には顔をしかめるのが人の常です。耳の痛い指摘こそ最大の贈り物だと受け止められる人が、伸びていく人なのです。

この章句が説くこと

過ち子路忠告自省程子

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