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初学訓 / 巻之三

一學問の道は、人倫の道を行ひ、人を憐み惠むを以てつとめとす、身を修むるを以て根本とす。身修らざれば、人倫の道行はれず。天下國家の法なくして治らず。身を修むるの道は、易に所謂、見善則遷。有過則改。を以て要とし、わが身に省みて、人を責めざるをつとむ。人の善を見ても遷らず、わが過あれども改めず、是は、一向、道に志なき人なり。左傳曰、人非聖人。誰無過。過而能改。善莫大焉。論語曰、過則勿憚改。尙書曰、改過不吝。やぶさかとはをしむをいふ。過あらば、をしまずして速に改むべし。學問の道他なし、只、過を知りてよく改め、善にうつるをむねとすべし。學者、此事を以て、つねに心にかけてつとむべし。過を改めんとならば、まづ、わが過を知るべし。

新字:一学問の道は、人倫の道を行ひ、人を憐み恵むを以てつとめとす、身を修むるを以て根本とす。身修らざれば、人倫の道行はれず。天下国家の法なくして治らず。身を修むるの道は、易に所謂、見善則遷。有過則改。を以て要とし、わが身に省みて、人を責めざるをつとむ。人の善を見ても遷らず、わが過あれども改めず、是は、一向、道に志なき人なり。左伝曰、人非聖人。誰無過。過而能改。善莫大焉。論語曰、過則勿憚改。尚書曰、改過不吝。やぶさかとはをしむをいふ。過あらば、をしまずして速に改むべし。学問の道他なし、只、過を知りてよく改め、善にうつるをむねとすべし。学者、此事を以て、つねに心にかけてつとむべし。過を改めんとならば、まづ、わが過を知るべし。

書き下し

一学問の道は、人倫の道を行ひ、人を憐み恵むを以てつとめとす、身を修むるを以て根本とす。身修らざれば、人倫の道行はれず。天下国家の法なくして治らず。身を修むるの道は、易に所謂、善を見ては則ち遷り、過有れば則ち改む、を以て要とし、わが身に省みて、人を責めざるをつとむ。人の善を見ても遷らず、わが過あれども改めず、是は、一向、道に志なき人なり。左伝に曰く、人聖人に非ず。誰か過無からん。過ちて能く改む。善焉より大なるは莫し。論語に曰く、過てば則ち改むるに憚ること勿れ。尚書に曰く、過を改むるに吝かならず。やぶさかとはをしむをいふ。過あらば、をしまずして速に改むべし。学問の道他なし、只、過を知りてよく改め、善にうつるをむねとすべし。学者、此事を以て、つねに心にかけてつとむべし。過を改めんとならば、まづ、わが過を知るべし。

現代語訳

学問の道は、人倫の道を行い、人を憐れみ恵むことを務めとし、身を修めることを根本とします。身が修まらなければ、人倫の道は行われません。天下国家も、その法がなければ治まりません。身を修める道は、『易経』にいう「善を見れば移り、過ちがあれば改める」を要とし、わが身を省みて、人を責めないことに努めます。人の善を見ても移らず、自分に過ちがあっても改めないのは、まったく道に志のない人です。『左伝』に「人は聖人ではない。誰に過ちがないだろうか。過ちを犯してよく改めれば、善はこれより大きなものはない」とあります。『論語』に「過ちを犯したら改めるのをためらうな」とあります。『尚書』に「過ちを改めるのに吝かでない」とあります。やぶさかとは、惜しむことをいいます。過ちがあれば、惜しまずに速やかに改めるべきです。学問の道はほかでもなく、ただ過ちを知ってよく改め、善に移ることを主眼とすべきです。学ぶ者は、この事を常に心にかけて努めるべきです。過ちを改めようとするなら、まず自分の過ちを知るべきです。

解説

過ちを改めることを学問の中心に据え、『易経』『左伝』『論語』『尚書』から次々と言葉を引いて念を押す条です。どの古典も口をそろえて、人は誰でも過ちを犯すが、改めることこそ最大の善だと説いています。益軒は、過ちを改めるには、まず自分の過ちを知ることが必要だと次の条へつなぎます。仕事でミスをしたとき、言い訳をしたり隠したりせず、すぐ認めて改める人は信頼されます。過ちそのものより、その後の対応が人を分けるのです。

この章句が説くこと

改過修身易経論語学問

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