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初学訓 / 巻之二

一人倫に交るには、始終あつくすべし、うすくすべからず。或は、始に厚けれど、をはりに薄くするは、人に交る道を失へるなり。君子の交は、久しくしていよいよあつし。凡、人に交るに、四恩あり。又、四本とす。天地の恩、父母の恩、主君の恩、聖人の恩なり。天地は、生の初なり、我を生み、我をやしなひ給ふ大本なり。父母は、生の本なり、主君は、養の本なり、聖人は、敎の本なり。天地にあらざれば、生養のはじめなし。父母にあらざれば生れず、主君にあらざれば養はれず、聖人にあらざれば、敎なくして人の道を知らず。書をよみ、學問する人は、ことさら聖人の恩あつし。書を讀まざる人も、おやには孝すべく、君には忠すべきことを知り、兄弟の愛、夫婦の別を知れるは、天性の良知なれど、又、しかしながら、聖人の敎、あまねく我日の本まで傳はれる故なれば、無學の人も、聖人の恩深きことを思ふべし。

新字:一人倫に交るには、始終あつくすべし、うすくすべからず。或は、始に厚けれど、をはりに薄くするは、人に交る道を失へるなり。君子の交は、久しくしていよいよあつし。凡、人に交るに、四恩あり。又、四本とす。天地の恩、父母の恩、主君の恩、聖人の恩なり。天地は、生の初なり、我を生み、我をやしなひ給ふ大本なり。父母は、生の本なり、主君は、養の本なり、聖人は、教の本なり。天地にあらざれば、生養のはじめなし。父母にあらざれば生れず、主君にあらざれば養はれず、聖人にあらざれば、教なくして人の道を知らず。書をよみ、学問する人は、ことさら聖人の恩あつし。書を読まざる人も、おやには孝すべく、君には忠すべきことを知り、兄弟の愛、夫婦の別を知れるは、天性の良知なれど、又、しかしながら、聖人の教、あまねく我日の本まで伝はれる故なれば、無学の人も、聖人の恩深きことを思ふべし。

書き下し

一人倫に交るには、始終あつくすべし、うすくすべからず。或は、始に厚けれど、をはりに薄くするは、人に交る道を失へるなり。君子の交は、久しくしていよいよあつし。凡、人に交るに、四恩あり。又、四本とす。天地の恩、父母の恩、主君の恩、聖人の恩なり。天地は、生の初なり、我を生み、我をやしなひ給ふ大本なり。父母は、生の本なり、主君は、養の本なり、聖人は、教の本なり。天地にあらざれば、生養のはじめなし。父母にあらざれば生れず、主君にあらざれば養はれず、聖人にあらざれば、教なくして人の道を知らず。書をよみ、学問する人は、ことさら聖人の恩あつし。書を読まざる人も、おやには孝すべく、君には忠すべきことを知り、兄弟の愛、夫婦の別を知れるは、天性の良知なれど、又、しかしながら、聖人の教、あまねく我日の本まで伝はれる故なれば、無学の人も、聖人の恩深きことを思ふべし。

現代語訳

人との交わりは、始めから終わりまで厚くすべきで、薄くしてはいけません。始めは厚くても、終わりに薄くするのは、人と交わる道を失っています。君子の交わりは、久しくなるほどいよいよ厚くなります。およそ人との交わりには四つの恩があります。また四つの本ともします。天地の恩、父母の恩、主君の恩、聖人の恩です。天地は生の初めで、自分を生み養ってくださる大本です。父母は生の本であり、主君は養いの本であり、聖人は教えの本です。天地がなければ生と養いの始めはありません。父母がなければ生まれず、主君がなければ養われず、聖人がなければ教えがなくて人の道を知りません。書を読み学問する人は、ことに聖人の恩が厚い。書を読まない人も、親には孝行すべきこと、主君には忠を尽くすべきことを知り、兄弟の愛、夫婦の区別を知っているのは、生まれつきの良知によりますが、それでも、聖人の教えが広くわが日本にまで伝わっているからなので、学問のない人も、聖人の恩が深いことを思うべきです。

解説

仏教では父母・衆生・国王・三宝を四恩としますが、益軒は儒者として天地・父母・主君・聖人の四恩を挙げます。とくに聖人の恩について、書を読まない人が親孝行を当然と思えるのも、聖人の教えが長い年月をかけて世に広まったからだという指摘は鋭いものです。私たちが当たり前と思っている道徳や常識も、先人たちが築き伝えてきたものです。また、付き合いは始めより後を厚くせよという前半の教えは、長く続く人間関係の秘訣として今も通用します。

この章句が説くこと

四恩聖人恩交わり学問

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