初学訓 / 巻之二
一朋友は、信をあつくし、たがひに善をすゝめ惡をいましむ、是、朋友の道なり。もし、過惡を見ながら諫めざるは、信なきなり、朋友の道にあらず。又朋友は賴もしげありて、難あれば相助け、患あれば相救ふべし。古の人は、朋友の交あつく、たのもしげ深くして、今時の朋友の、交うすきが如くならず。是古今人情のかはれるなり。凡、人倫の道、朋友のをしへ誠の助によりて立つ理なれば、朋友も亦おもき人倫なり。道を敎ふる師も、亦朋友の内にて、尤おもし。君父と同じく貴ぶべし。技藝の師は、道ををしへらるゝ師には及ばざれど、是亦、我に恩あり、厚くすべし。凡、人倫は、高下親疎あれども、皆わが一類なれば、仁愛ふかく情ありて、つとめて篤く行ふべし。聖人の敎ふる所、學者の學ぶ所、人の道とする所、皆、人倫にあり。人倫にうすきは、情なき不仁の人なり、人道を失へるなり。
新字:一朋友は、信をあつくし、たがひに善をすゝめ悪をいましむ、是、朋友の道なり。もし、過悪を見ながら諫めざるは、信なきなり、朋友の道にあらず。又朋友は頼もしげありて、難あれば相助け、患あれば相救ふべし。古の人は、朋友の交あつく、たのもしげ深くして、今時の朋友の、交うすきが如くならず。是古今人情のかはれるなり。凡、人倫の道、朋友のをしへ誠の助によりて立つ理なれば、朋友も亦おもき人倫なり。道を教ふる師も、亦朋友の内にて、尤おもし。君父と同じく貴ぶべし。技芸の師は、道ををしへらるゝ師には及ばざれど、是亦、我に恩あり、厚くすべし。凡、人倫は、高下親疎あれども、皆わが一類なれば、仁愛ふかく情ありて、つとめて篤く行ふべし。聖人の教ふる所、学者の学ぶ所、人の道とする所、皆、人倫にあり。人倫にうすきは、情なき不仁の人なり、人道を失へるなり。
書き下し
一朋友は、信をあつくし、たがひに善をすすめ悪をいましむ、是、朋友の道なり。もし、過悪を見ながら諫めざるは、信なきなり、朋友の道にあらず。又朋友は頼もしげありて、難あれば相助け、患あれば相救ふべし。古の人は、朋友の交あつく、たのもしげ深くして、今時の朋友の、交うすきが如くならず。是古今人情のかはれるなり。凡、人倫の道、朋友のをしへ誠の助によりて立つ理なれば、朋友も亦おもき人倫なり。道を教ふる師も、亦朋友の内にて、尤おもし。君父と同じく貴ぶべし。技芸の師は、道ををしへらるる師には及ばざれど、是亦、我に恩あり、厚くすべし。凡、人倫は、高下親疎あれども、皆わが一類なれば、仁愛ふかく情ありて、つとめて篤く行ふべし。聖人の教ふる所、学者の学ぶ所、人の道とする所、皆、人倫にあり。人倫にうすきは、情なき不仁の人なり、人道を失へるなり。
現代語訳
友は信を厚くし、互いに善を勧め悪を戒める、これが友の道です。もし過ちや悪を見ながら諫めないのは、信がないことで、友の道ではありません。また友は頼もしくあって、困難があれば助け合い、心配事があれば救い合うべきです。昔の人は友との交わりが厚く、頼もしさが深くて、今どきの友の交わりが薄いのとは違いました。これは昔と今とで人情が変わったのです。およそ人倫の道は、友の教えやまことの助けによって立つ理なので、友もまた重い人倫です。道を教える師も友の内に入り、最も重い。主君や父と同じく貴ぶべきです。技芸の師は、道を教えてくださる師には及ばないけれども、これもまた自分に恩があるので、厚くすべきです。およそ人倫には上下や親疎があっても、みな自分の同類なので、仁愛深く情があって、努めて厚く行うべきです。聖人の教えるところ、学ぶ者の学ぶところ、人の道とするところは、みな人倫にあります。人倫に薄いのは、情のない不仁の人であり、人の道を失っているのです。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・問學・第一に信を體するを要す我は我を信じ得過ぐるも、人は未だ必ずしも我を信じ得過ぎず。故に君子は嫌を避く。若し正大光明の心を以てすること青天白日の如く、又た至誠惻怛の意を以てすること火の熱く水の寒きが如くんば、何の嫌か避く可けん。故に君子の學問は第一に信を體するを要す。只だ信じ了はらば、天下に些子の事無し。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上此仏有ルコトヲ信スレハ。的ヲ見テ矢ヲ発ツ如ク。孜孜トシテ善ヲ作シテ止ヌ。元来平等法性ノ中ニ。此仏ヲ信スレハ。此心即仏心ト云ヘシ。此場処省発モ入ラヌ。悟モイラヌ。教相判釈モイラヌ。文章利口モイラヌコトシヤ。此仏トナルヘキ道ヲ法ト名ル。其道ヲ行フ人ヲ菩薩ト名ツク。此道ヲ守護スル者ヲ諸天神祇ト名クルコトシヤ。此神祇有ルコトヲ信スレハ。タトヒ小根劣機ノ者モ。人シラヌ心ノ内ニモ。悪事ハ思ハレヌ。マシテ悪事ハナサレヌ。人ト云モノハ習ハセニ由ル。善ヲ習ヘハ善ニウツル。此習カ性トナリ。此善カ我心身トナル。天神ニ事テ天神ノ徳ヲ我身ニ全クスル。地水火風ノ四大神ヲ祭テ四大ノ徳ヲ全クスル。此徳ヲ全クスル時節カ聖賢ノ地位ニ入ルヘキ時節ソ。支那国ノ古書ニ。歴代王者ノ五行ノ徳ヲ述ル。是モナキコトニ非ス。天下ヲ掌握ノ中ニ全クスル人ハ。自ラ四大五行ノ徳アルヘシ。万般唯信アル者ト共ニ言フヘキコトシヤ。
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・信の世界に偽詐多く疑いの世界に真理多し信の世界に偽詐多く、疑いの世界に真理多し。試みに見よ、世間の愚民、人の言を信じ、人の書を信じ、小説を信じ、風聞を信じ、神仏を信じ、卜筮を信じ、父母の大病に按摩の説を信じて草根木皮を用い、娘の縁談に家相見の指図を信じて良夫を失い、熱病に医師を招かずして念仏を申すは阿弥陀如来を信ずるがためなり。三七日の断食に落命するは不動明王を信ずるがゆえなり。この人民の仲間に行なわるる真理の多寡を問わば、これに答えて多しと言うべからず。真理少なければ偽詐多からざるを得ず。けだしこの人民は事物を信ずといえども、その信は偽を信ずる者なり。ゆえにいわく、「信の世界に偽詐多し」と。
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『十善法語』巻第四・不妄語戒又春秋ノ時。晋ノ荀吳鼓ヲ囲ム。鼓城ノ一人城ヲヒキヰ降ント請フ。穆子コレヲ許サス。左右ノ者ミナ云。兵ヲ労セズシテ城ヲ獲ル。何故許ササル。穆子曰。若是ヲ受テ賞ヲ行ハハ不忠不義ヲ賞スルニナラン。若コレヲ受テ賞セネハ信ヲ失フ。二途倶ニ道ニソムクト。使ヲツカハシテ叛人ノ名ヲ鼓城ニ告テ刑セシム。後三月鼓人降ント請。穆子曰。姑ク汝カ城ヲ守レ。猶食色有ト。軍吏曰。今日不義ナラス。民ヲ労セスシテ城ヲ獲ルニ。何故許ササルト穆子曰。彼未タ力尽ズシテ降ルハ怠ナリ。怠ヲ買ハ道全カラスト其後鼓人力竭食尽ルト告ク。鼓ニ克チ軍ヲ全シテ。一人ヲモ戮セスト。此等モ面白キ事実シヤ。
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『十善法語』巻第十一・不邪見戒之中総シテ心ノアル処ハ形ノアル処。形ノ生スル処ニ其心生スルシヤ。此女人自ノ眉目鼻口ノソナヘニ自執着セシ故。一息截断ノ時。其着セル心還テ己カ面上ニ生シ。虫ト為テ暫モ離レ得ヌシヤ。摩訶羅ト云ハ梵語デ。此ニハ老ナリ愚ナリト翻スル。愚人ノ年ヲ重ネタル者ノ名シヤ。看ヨ。正法ハ智愚ヲ択ハヌ。唯信アル処ニ此縁起実相ハ顕ルルシヤ。今日ノ者モ純一ニ心ヲ寄セハ。仮令摩訶羅ナリトモ。甚深ノ法ニ通達スヘキシヤ。
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