導師導古典を学びたいすべての人に

初学訓 / 巻之二

一君臣父子は大倫なり。故に、忠孝の二は、殊に、力を盡すべし。よろづのこと、學ばざれば、誠の志ありても、其道を知らざれば、忠が不忠になり、孝も不孝になる。故に、殊更、忠孝の道をよく學び、其法を知りて行ふべし。古人も、學問は、忠と孝とを行ふ所なりといへり。萬善ありといへども、忠孝の道うすくば、君子とすべからず。一夫婦は、別を道とす。別とは、内外貴賤のわかちありて、混亂せざるなり。夫婦は、子孫の相つゞく故にして、人倫のはじめなり。夫は外ををさめ、婦は内ををさむ。夫は、婦に禮義正しく、婦は、夫に和順なるべし。然るに、馴れ親しきにまかせて、敬と和とを失へば、其道たゝず。婦人は、多くは愚なり。道にたがはば、敎へ正すべし、怒るべからず。怒れば和を失ふ。

新字:一君臣父子は大倫なり。故に、忠孝の二は、殊に、力を尽すべし。よろづのこと、学ばざれば、誠の志ありても、其道を知らざれば、忠が不忠になり、孝も不孝になる。故に、殊更、忠孝の道をよく学び、其法を知りて行ふべし。古人も、学問は、忠と孝とを行ふ所なりといへり。万善ありといへども、忠孝の道うすくば、君子とすべからず。一夫婦は、別を道とす。別とは、内外貴賤のわかちありて、混乱せざるなり。夫婦は、子孫の相つゞく故にして、人倫のはじめなり。夫は外ををさめ、婦は内ををさむ。夫は、婦に礼義正しく、婦は、夫に和順なるべし。然るに、馴れ親しきにまかせて、敬と和とを失へば、其道たゝず。婦人は、多くは愚なり。道にたがはば、教へ正すべし、怒るべからず。怒れば和を失ふ。

書き下し

一君臣父子は大倫なり。故に、忠孝の二は、殊に、力を尽すべし。よろづのこと、学ばざれば、誠の志ありても、其道を知らざれば、忠が不忠になり、孝も不孝になる。故に、殊更、忠孝の道をよく学び、其法を知りて行ふべし。古人も、学問は、忠と孝とを行ふ所なりといへり。万善ありといへども、忠孝の道うすくば、君子とすべからず。一夫婦は、別を道とす。別とは、内外貴賤のわかちありて、混乱せざるなり。夫婦は、子孫の相つづく故にして、人倫のはじめなり。夫は外ををさめ、婦は内ををさむ。夫は、婦に礼義正しく、婦は、夫に和順なるべし。然るに、馴れ親しきにまかせて、敬と和とを失へば、其道たたず。婦人は、多くは愚なり。道にたがはば、教へ正すべし、怒るべからず。怒れば和を失ふ。

現代語訳

君臣・父子は大きな人倫です。だから忠と孝の二つには、特に力を尽くすべきです。何事も学ばなければ、真心があっても、その道を知らないので、忠が不忠になり、孝も不孝になります。だからことさら忠孝の道をよく学び、その方法を知って行うべきです。古人も「学問は忠と孝を行うためのものだ」と言いました。多くの善があっても、忠孝の道が薄ければ君子とはいえません。夫婦は区別を道とします。区別とは、内と外、貴と賤の分けがあって混乱しないことです。夫婦は子孫が続いていくもとであり、人倫の始まりです。夫は外を治め、妻は内を治めます。夫は妻に礼儀正しく、妻は夫に和やかに従うべきです。ところが、なれ親しむのに任せて、敬と和を失えば、その道は立ちません。婦人は多くは愚かです。道に違うことがあれば、教え正すべきで、怒ってはいけません。怒れば和を失います。

解説

善意だけでは足りず、学ばなければ忠が不忠、孝が不孝になるという指摘は、学問を勧める初学訓の核心です。後半の夫婦の道には、婦人は多くは愚かだという江戸時代の偏った女性観が表れており、今の私たちはそのまま受け入れることはできません。ただ、夫婦がなれ合いで敬意と和を失えば関係が崩れる、過ちは怒らずに伝えよという点は、今の夫婦にも通じます。善意を形にするには学びが要る、という前半の教えは子育てや介護にもそのまま当てはまります。

この章句が説くこと

忠孝学問夫婦敬和

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る