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証道歌 / 『証道歌』生死に動じない山住まい

幾回生。幾回死。生死悠悠無定止。自從頓悟了無生。於諸榮辱何憂喜。 入深山。住蘭若。岑崟幽邃長松下。優游靜坐野僧家。闃寂安居實瀟灑。 覺即了。不施功。一切有為法不同。住相布施生天福。猶如仰箭射虛空。 勢力盡。箭還墜。招得來生不如意。爭似無為實相門。一超直入如來地。

新字:幾回生。幾回死。生死悠悠無定止。自従頓悟了無生。於諸栄辱何憂喜。 入深山。住蘭若。岑崟幽邃長松下。優游静坐野僧家。闃寂安居実瀟灑。 覚即了。不施功。一切有為法不同。住相布施生天福。猶如仰箭射虚空。 勢力尽。箭還墜。招得来生不如意。争似無為実相門。一超直入如来地。

書き下し

幾回か生き、幾回か死す。生死は悠悠として定止無し。頓悟して無生を了せしより、諸の栄辱に於いて何ぞ憂喜せん。 深山に入り、蘭若に住む。岑崟として幽邃なる長松の下。優游として静坐す野僧の家。闃寂として安居し実に瀟灑なり。 覚すれば即ち了じ、功を施さず。一切の有為の法は同じからず。相に住する布施は生天の福なれども、猶お箭を仰ぎて虚空に射るが如し。 勢力尽くれば、箭は還た墜つ。来生の如意ならざるを招き得。争でか似かん無為の実相門、一超して直ちに如来地に入るに。

現代語訳

何度生まれ、何度死んだことでしょう。生死はどこまでも続いて、とどまる所がありません。一気に悟り、生じることがないと知ってから、さまざまな栄誉や恥辱に、どうして憂えたり喜んだりしましょう。 深い山に入り、静かな庵に住みます。高くそびえ奥深い、大きな松の下です。のびのびと静かに坐る、山の僧の家。ひっそりと落ち着いて暮らし、まことにさっぱりしています。 悟ればそれで終わりで、努力を加える必要はありません。あらゆる作為のある行いは同じではありません。形にとらわれた布施は天に生まれる福を得ますが、天に向かって矢を射るようなものです。 勢いが尽きれば、矢はまた落ちます。来世は思うようにならない身を招きます。作為のない真実の門に入り、一気に如来の境地に直入するのには遠く及びません。

解説

生死を繰り返すという仏教の世界観を踏まえ、悟れば栄誉や恥辱にも一喜一憂しないと言います。後半の「天に向かって矢を射る」は、見返りを期待した善行の譬えです。勢いが尽きれば矢は落ちるように、見返り目当ての善行は効果が尽きれば元に戻る、という意味合いです。現代の仕事に置き換えると、数字や評価のためだけに積んだ努力は、環境が変わったときに続かないことがあります。長く効く力は、報酬と切り離された本質の理解から生まれる、と読めます。ここでの山居の描写は、そうした自由な境地の象徴です。
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この章句が説くこと

生死無生栄辱蘭若有為相に住する布施

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