証道歌 / 『証道歌』謗りを善知識とする
無價珍。用無盡。利物應機終不吝。三身四智體中圓。八解六通心地印。 上士一決一切了。中下多聞多不信。但自懷中解垢衣。誰能向外誇精進。 從他謗。任他非。把火燒天徒自疲。我聞恰似飲甘露。銷融頓入不思議。 觀惡言。是功德。此則成吾善知識。不因訕謗起怨親。何表無生慈忍力。
新字:無価珍。用無尽。利物応機終不吝。三身四智体中円。八解六通心地印。 上士一決一切了。中下多聞多不信。但自懐中解垢衣。誰能向外誇精進。 従他謗。任他非。把火焼天徒自疲。我聞恰似飲甘露。銷融頓入不思議。 観悪言。是功徳。此則成吾善知識。不因訕謗起怨親。何表無生慈忍力。
書き下し
無価の珍は、用いて尽くること無く、物を利し機に応じて終に吝かならず。三身四智は体中に円かに、八解六通は心地に印す。 上士は一たび決して一切了り、中下は多く聞いて多く信ぜず。但だ自ら懐中の垢衣を解け、誰か能く外に向かいて精進を誇らん。 他の謗るに従い、他の非とするに任せよ。火を把りて天を焼くは徒らに自ら疲るるのみ。我れ聞くこと恰も甘露を飲むに似て、銷融して頓に不思議に入る。 悪言を観ずるは、是れ功徳なり。此れ則ち吾が善知識と成る。訕謗に因りて怨親を起こさざれば、何をか以て無生の慈忍の力を表さん。
現代語訳
値のつけられない宝は、使っても尽きることがなく、人を助け、機に応じて、決して惜しむことがありません。三つの身と四つの智慧は身のうちに満ち、八つの解脱と六つの神通は心に刻まれています。 優れた人は一度決めればすべてを悟りますが、中や下の人は多く聞いても多く信じません。ただ自分の懐の中の垢じみた衣を脱ぎなさい。外に向かって、精進を誇ってどうなるのでしょう。 他人が謗るにまかせ、他人が非難するにまかせなさい。松明を持って天を焼こうとしても、ただ自分が疲れるだけです。私はそれを聞いて、まるで甘露を飲むようです。すっかり溶けて、そのまま不思議の境地に入ります。 悪口を見つめ直すことは、功徳です。それはそのまま、私の良き師になります。誹りによって恨みや好き嫌いを起こさないのなら、生じることのない世界の慈悲と忍耐の力を、ほかに何で示せるでしょうか。
解説

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