証道歌 / 『証道歌』一地は一切地を具える
一地具足一切地。非色非心非行業。彈指圓成八萬門。剎那滅卻三祇劫。一切數句非數句。與吾靈覺何交涉。 不可毀。不可讚。體若虛空勿涯岸。不離當處常湛然。覓即知君不可見。 取不得。捨不得。不可得中只麼得。默時說。說時默。大施門開無壅塞。
新字:一地具足一切地。非色非心非行業。弾指円成八万門。刹那滅却三祇劫。一切数句非数句。与吾霊覚何交渉。 不可毀。不可讃。体若虚空勿涯岸。不離当処常湛然。覓即知君不可見。 取不得。捨不得。不可得中只麼得。黙時説。説時黙。大施門開無壅塞。
書き下し
一地に一切地を具足し、色に非ず心に非ず行業に非ず。弾指に八万の門を円成し、刹那に三祇の劫を滅却す。一切の数句は数句に非ず、吾が霊覚と何の交渉あらん。 毀るべからず、讃むべからず。体は虚空の如く涯岸勿し。当処を離れず常に湛然たり、覓むれば即ち君の見るべからざるを知らん。 取り得ず、捨て得ず。得べからざる中に只麼に得。默する時は説き、説く時は默す。大施門開きて壅塞無し。
現代語訳
一つの段階にあらゆる段階がそなわり、それは形でも心でも行いでもありません。指を弾くほどの間に、無数の教えの門が完成し、一瞬のうちに長い時間をかけた報いが消えます。あらゆる数や言句は、数や言句ではなく、私の霊妙な覚りとは何の関わりもありません。 そしることも、ほめることもできません。本体は虚空のようで、果てがありません。いまここを離れず常に静かに澄んでいますが、探し求めれば、あなたには見えないことがわかるでしょう。 取ることも、捨てることもできません。得られないその中で、ただそのままに得ています。黙っているときは語り、語っているときは黙っています。大きな施しの門が開き、さえぎるものはありません。
解説

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