樵談治要抄録 / 違背への処し方
上裁を背上は、先出仕をとゞめ、餘の所領もあらば、沒收せらるべき歟、又向後かれが申事、たとひ理有事成とも、聞入給ふべからざるか、かくのごとくの制法ををかれずば、上をあなづること更にたゆべからず、又一國の守護など、所勘にしたがはざらんをばいかゞはせん、凡大將軍といふは、おやけの御かためとして、しきみの外を制し給ふべきゆるされをかうぶれる職として、成敗有ヿを違背申さむは、別して罪科に處せらるべし、代々武將の、其例をもて義兵をおこし、朝敵に進じて、速かに退治のさたに及ぶべき事、理のをす所左右にあたはず、しからずば、はかり【ど/ごと】をとばりの中にめぐらして、いかにも前非を悔、承諾申やうに、うらおもてより、計略あるべきか、是又仁の道に有べし、それ又しからずば、私なき心をもて、冥の照鑑にまかせられば、上裁を用ず、雅意にまかせん强敵は、かならず自滅すると有て、俄に威勢を付奉る事、是又前蹤なきにあらず、しばらく時節到來をまたるべき歟、是等の進退よりのきは、ひとへに大將軍の所存に有べし、とかく人の申に及ばざる所也、
新字:上裁を背上は、先出仕をとゞめ、余の所領もあらば、没収せらるべき歟、又向後かれが申事、たとひ理有事成とも、聞入給ふべからざるか、かくのごとくの制法ををかれずば、上をあなづること更にたゆべからず、又一国の守護など、所勘にしたがはざらんをばいかゞはせん、凡大将軍といふは、おやけの御かためとして、しきみの外を制し給ふべきゆるされをかうぶれる職として、成敗有ヿを違背申さむは、別して罪科に処せらるべし、代々武将の、其例をもて義兵をおこし、朝敵に進じて、速かに退治のさたに及ぶべき事、理のをす所左右にあたはず、しからずば、はかり【ど/ごと】をとばりの中にめぐらして、いかにも前非を悔、承諾申やうに、うらおもてより、計略あるべきか、是又仁の道に有べし、それ又しからずば、私なき心をもて、冥の照鑑にまかせられば、上裁を用ず、雅意にまかせん強敵は、かならず自滅すると有て、俄に威勢を付奉る事、是又前蹤なきにあらず、しばらく時節到来をまたるべき歟、是等の進退よりのきは、ひとへに大将軍の所存に有べし、とかく人の申に及ばざる所也、
書き下し
上裁を背上は、先出仕をとゞめ、餘の所領もあらば、沒收せらるべき歟、又向後かれが申事、たとひ理有事成とも、聞入給ふべからざるか、かくのごとくの制法ををかれずば、上をあなづること更にたゆべからず、又一國の守護など、所勘にしたがはざらんをばいかゞはせん、凡大將軍といふは、おやけの御かためとして、しきみの外を制し給ふべきゆるされをかうぶれる職として、成敗有ヿを違背申さむは、別して罪科に處せらるべし、代々武將の、其例をもて義兵をおこし、朝敵に進じて、速かに退治のさたに及ぶべき事、理のをす所左右にあたはず、しからずば、はかり【ど/ごと】をとばりの中にめぐらして、いかにも前非を悔、承諾申やうに、うらおもてより、計略あるべきか、是又仁の道に有べし、それ又しからずば、私なき心をもて、冥の照鑑にまかせられば、上裁を用ず、雅意にまかせん强敵は、かならず自滅すると有て、俄に威勢を付奉る事、是又前蹤なきにあらず、しばらく時節到來をまたるべき歟、是等の進退よりのきは、ひとへに大將軍の所存に有べし、とかく人の申に及ばざる所也、
現代語訳
上の裁きに背く以上は、まず出仕を止め、他に所領があれば没収されるべきでしょうか。また今後その者の申すことは、たとえ理のあることでも聞き入れなさらないほうがよいでしょうか。このような制法を置かなければ、上を軽んじることは決して絶えないでしょう。また一国の守護などが、処断に従わない場合はどうしたらよいでしょう。おおよそ大将軍というのは、公の守りとして、閫の外を制することを許された職ですから、その成敗に違背申すのは、特に罪科に処せられるべきです。代々の武将がその例をもって義兵を起こし、朝敵に進んで速やかに退治の沙汰に及ぶべきことは、理の押すところ是非もありません。そうでなければ、謀を帳の中にめぐらして、何としても前非を悔い、承諾するよう、表裏から計略があるべきでしょうか。これもまた仁の道にあるでしょう。それもまたそうでなければ、私心のない心で、冥の照覧にまかせられれば、上の裁きを用いず、我意にまかせる強敵は、必ず自滅すると言われて、にわかに威勢を付け奉ることも、前例がないわけではありません。しばらく時節の到来を待たれるべきでしょうか。これらの進退のさじ加減は、ひとえに大将軍の所存にあり、とかく人が申すに及ばない所です。
解説
この章句が説くこと
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