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紫灘遺稿抄録 / 心得の条々・世に益ある才と断を養う

一人の世に生れたるは、禽獸草木の死生榮枯するとはちがひて、四民とり〱に、世に益ある樣にあるべき事也、まして士は耕作もせず、器械も造らず、力を勞する事なければ、一入世になに事ぞ益ある樣の事して、其功遺すべきわざなり、されば才斷量慮の四德を養ふべし、學問するはケ樣の德を養ふ爲なれど、わけて心を用ひて養ひ成すべし、さて才といふものは、何にてもその事をなすを、才といひて、詩の才、文の才、或書畫の才など、さま〱あれど、此にいふ才は斡旋の才といふて、人事をなす才なり、いかばかり善き人にても、いか程の德ありても、人として、此斡旋の才なきものは、世の用に立ことなく、無用物なり、たとへ無學にても此斡旋の才あるものは、何事にあたりても、功をなし用立なり、なべて世の儒者などいふ人は、斡旋の才なきものゝゆゑ、はづか學校有司となるまでにて、相にも、將にも、奉行代官などいふ職は申付がたきなり、さて才と智は、同じ樣ならねど、斡旋する才は、智に屬するものなれば、宋の張詠のいへる言を引なり、張詠曰。大小之事。皆須用智。智猶水也。不流則腐。凡百不用智。臨大事之際。寧有智來。此語甚よし、平生瑣末の事にても、我心に染てよく勘考しきりさばかねば、我持まへだけの才も智も出ぬもののなり、まして大事の際に臨ては、猶さらの事なるべし、此張詠といふ人は、まことによく斡旋せし人なり、明夏原吉などよく斡旋に長ぜし人なり、さて斷なければ何事も狐疑おほく、世にいふへたく〱とはなれ、かねてとかうする間に其事もはや過ゆくぞかし、さればいかによき才智を出しても、決斷なくては事は成就せず、張詠が臨事有三難。

新字:一人の世に生れたるは、禽獣草木の死生栄枯するとはちがひて、四民とり〱に、世に益ある様にあるべき事也、まして士は耕作もせず、器械も造らず、力を労する事なければ、一入世になに事ぞ益ある様の事して、其功遺すべきわざなり、されば才断量慮の四徳を養ふべし、学問するはケ様の徳を養ふ為なれど、わけて心を用ひて養ひ成すべし、さて才といふものは、何にてもその事をなすを、才といひて、詩の才、文の才、或書画の才など、さま〱あれど、此にいふ才は斡旋の才といふて、人事をなす才なり、いかばかり善き人にても、いか程の徳ありても、人として、此斡旋の才なきものは、世の用に立ことなく、無用物なり、たとへ無学にても此斡旋の才あるものは、何事にあたりても、功をなし用立なり、なべて世の儒者などいふ人は、斡旋の才なきものゝゆゑ、はづか学校有司となるまでにて、相にも、将にも、奉行代官などいふ職は申付がたきなり、さて才と智は、同じ様ならねど、斡旋する才は、智に属するものなれば、宋の張詠のいへる言を引なり、張詠曰。大小之事。皆須用智。智猶水也。不流則腐。凡百不用智。臨大事之際。寧有智来。此語甚よし、平生瑣末の事にても、我心に染てよく勘考しきりさばかねば、我持まへだけの才も智も出ぬもののなり、まして大事の際に臨ては、猶さらの事なるべし、此張詠といふ人は、まことによく斡旋せし人なり、明夏原吉などよく斡旋に長ぜし人なり、さて断なければ何事も狐疑おほく、世にいふへたく〱とはなれ、かねてとかうする間に其事もはや過ゆくぞかし、さればいかによき才智を出しても、決断なくては事は成就せず、張詠が臨事有三難。

書き下し

一人の世に生れたるは、禽獸草木の死生榮枯するとはちがひて、四民とり〱に、世に益ある樣にあるべき事也、まして士は耕作もせず、器械も造らず、力を勞する事なければ、一入世になに事ぞ益ある樣の事して、其功遺すべきわざなり、されば才斷量慮の四德を養ふべし、學問するはケ樣の德を養ふ爲なれど、わけて心を用ひて養ひ成すべし、さて才といふものは、何にてもその事をなすを、才といひて、詩の才、文の才、或書畫の才など、さま〱あれど、此にいふ才は斡旋の才といふて、人事をなす才なり、いかばかり善き人にても、いか程の德ありても、人として、此斡旋の才なきものは、世の用に立ことなく、無用物なり、たとへ無學にても此斡旋の才あるものは、何事にあたりても、功をなし用立なり、なべて世の儒者などいふ人は、斡旋の才なきものゝゆゑ、はづか學校有司となるまでにて、相にも、將にも、奉行代官などいふ職は申付がたきなり、さて才と智は、同じ樣ならねど、斡旋する才は、智に屬するものなれば、宋の張詠のいへる言を引なり、張詠曰。大小之事。皆須用智。智猶水也。不流則腐。凡百不用智。臨大事之際。寧有智來。此語甚よし、平生瑣末の事にても、我心に染てよく勘考しきりさばかねば、我持まへだけの才も智も出ぬもののなり、まして大事の際に臨ては、猶さらの事なるべし、此張詠といふ人は、まことによく斡旋せし人なり、明夏原吉などよく斡旋に長ぜし人なり、さて斷なければ何事も狐疑おほく、世にいふへたく〱とはなれ、かねてとかうする間に其事もはや過ゆくぞかし、さればいかによき才智を出しても、決斷なくては事は成就せず、張詠が臨事有三難。

現代語訳

一、人がこの世に生まれたのは、鳥獣草木が生死や栄枯を繰り返すのとは違い、四民それぞれが世に益のあるようにあるべきことです。まして士は耕作もせず、器械も造らず、力を労することがないのですから、いっそう世に何か益のあることをして、その功績を残すべきです。そのため才・断・量・慮の四つの徳を養うべきです。学問をするのはこれらの徳を養うためですが、特に心を用いて養い成すべきです。さて才というものは、何であってもその事をなすことを才といって、詩の才、文の才、あるいは書画の才など様々ありますが、ここでいう才は斡旋(物事をうまく取り計らう)の才といって、人事をなす才です。どれほど善い人でも、どれほど徳があっても、人としてこの斡旋の才がない者は、世の役に立つことがなく、無用の者です。たとえ無学でもこの斡旋の才がある者は、何事に当たっても功をなし、役に立ちます。おおよそ世の儒者という人は斡旋の才がない者ばかりで、わずかに学校の役人になるくらいで、相(宰相)にも将にも、奉行や代官などの職にも任命しがたいのです。さて才と智は同じではありませんが、斡旋する才は智に属するものですから、宋の張詠の言葉を引きます。張詠は言いました。「大小の事、皆須く智を用うべし。智は猶お水のごときなり。流れざれば則ち腐る。凡百智を用いずんば、大事に臨む際に、寧んぞ智の来る有らんや」と。この言葉はとてもよいものです。ふだんの些細な事でも自分の心に染みるほどよく考えて処理しなければ、自分の持ち分だけの才も智も出ないものです。まして大事に臨んでは、なおさらです。この張詠という人は、まことによく斡旋した人です。明の夏原吉などもよく斡旋に長じた人です。さて断がなければ、何事も疑いが多く、世にいうへたくたとなって、あれこれしているうちに、その事ははやく過ぎ去ってしまいます。ですから、いかに優れた才智を出しても、決断がなければ事は成就しません。張詠が「事に臨んで三つの難がある。

解説

著者は、士は世に益をなす存在であるべきだとし、そのために才・断・量・慮の四つの徳を養うよう述べます。ここで才は、人や物事をうまく取り計らう力です。現代の管理職にとって、人格が良くても調整や実行の力がなければ成果は出ません。智は水のように、使わなければ腐るという張詠の言葉は、日ごろの小さな判断で考える習慣を持つことの大切さを示します。些細な案件でも丁寧に考え、決める練習が、大事な局面への備えになります。

この章句が説くこと

紫灘遺稿抄録真木保臣才断斡旋の才張詠

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