紫灘遺稿抄録 / 心得の条々・内の徳と外の威儀を整える
一威儀は正しくあらまほしきわざなり、おそるべきを威といひ、のりとるべきを儀といふとありて、士たるものゝ、疎放輕躁なるは、いかにも見ぐるしきものなり、固り德の外にあらはるゝ、威儀なれば、威儀なきにて其人の胸中も見え渡るなり、されば衣冠正しく、美麗にかざりたてゝも、左顧右盼きよろきよろする人は、位高くしてもおそるべき容儀なし、畢竟德なきゆゑの事なれど、せめては威儀のみにても心を用れば、衣冠に恥をあたへ侍るだけの罪はのがるべし、よろづの事、內外とわかれたるものなるが、內の德を養ふものは、かならず外の儀を正しくす、外の儀を正しくするものは、必ず內の德を養ふ、動搖周旋おもく〱しく、拜揖辭氣をおもむろにするは、德を養ふ爲なり、程子の敬の工夫なども、正整嚴肅より始るよしいへり、天朝にて大禮の時行步にねりといふ事あり、これことさらに、文飾を加へたるものにあらず、位高き人は必ず如此あるべく、衆人に見習はすべき爲なり、されば搢紳家の威儀あるも、平生ケ樣の禮を見習ひて、おのづからに正しくなりたるなり、むかし粟田の眞人卿、遣唐使にて唐にゆかれしとき、威儀の正しきを見て、皇國なべての事まで譽けりとなん、一身の事ならず、國の榮辱にも係る事もあるぞかし、
新字:一威儀は正しくあらまほしきわざなり、おそるべきを威といひ、のりとるべきを儀といふとありて、士たるものゝ、疎放軽躁なるは、いかにも見ぐるしきものなり、固り徳の外にあらはるゝ、威儀なれば、威儀なきにて其人の胸中も見え渡るなり、されば衣冠正しく、美麗にかざりたてゝも、左顧右盼きよろきよろする人は、位高くしてもおそるべき容儀なし、畢竟徳なきゆゑの事なれど、せめては威儀のみにても心を用れば、衣冠に恥をあたへ侍るだけの罪はのがるべし、よろづの事、内外とわかれたるものなるが、内の徳を養ふものは、かならず外の儀を正しくす、外の儀を正しくするものは、必ず内の徳を養ふ、動揺周旋おもく〱しく、拝揖辞気をおもむろにするは、徳を養ふ為なり、程子の敬の工夫なども、正整厳粛より始るよしいへり、天朝にて大礼の時行歩にねりといふ事あり、これことさらに、文飾を加へたるものにあらず、位高き人は必ず如此あるべく、衆人に見習はすべき為なり、されば搢紳家の威儀あるも、平生ケ様の礼を見習ひて、おのづからに正しくなりたるなり、むかし粟田の真人卿、遣唐使にて唐にゆかれしとき、威儀の正しきを見て、皇国なべての事まで誉けりとなん、一身の事ならず、国の栄辱にも係る事もあるぞかし、
書き下し
一威儀は正しくあらまほしきわざなり、おそるべきを威といひ、のりとるべきを儀といふとありて、士たるものゝ、疎放輕躁なるは、いかにも見ぐるしきものなり、固り德の外にあらはるゝ、威儀なれば、威儀なきにて其人の胸中も見え渡るなり、されば衣冠正しく、美麗にかざりたてゝも、左顧右盼きよろきよろする人は、位高くしてもおそるべき容儀なし、畢竟德なきゆゑの事なれど、せめては威儀のみにても心を用れば、衣冠に恥をあたへ侍るだけの罪はのがるべし、よろづの事、內外とわかれたるものなるが、內の德を養ふものは、かならず外の儀を正しくす、外の儀を正しくするものは、必ず內の德を養ふ、動搖周旋おもく〱しく、拜揖辭氣をおもむろにするは、德を養ふ爲なり、程子の敬の工夫なども、正整嚴肅より始るよしいへり、天朝にて大禮の時行步にねりといふ事あり、これことさらに、文飾を加へたるものにあらず、位高き人は必ず如此あるべく、衆人に見習はすべき爲なり、されば搢紳家の威儀あるも、平生ケ樣の禮を見習ひて、おのづからに正しくなりたるなり、むかし粟田の眞人卿、遣唐使にて唐にゆかれしとき、威儀の正しきを見て、皇國なべての事まで譽けりとなん、一身の事ならず、國の榮辱にも係る事もあるぞかし、
現代語訳
一、威儀は正しくありたいものです。畏れるべきものを威といい、のっとるべきものを儀というとあります。士たる者が軽はずみで落ち着きがないのは、まことに見苦しいものです。もとより徳が外にあらわれたものが威儀ですから、威儀がないことで、その人の胸中も見透かされます。ですから衣冠が正しく美しく飾り立てていても、左右をきょろきょろ見る人は、位が高くても畏れるべき姿がありません。結局は徳がないためですが、せめて威儀だけにでも心を用いれば、衣冠に恥をかかせる罪は免れるでしょう。すべてのことは内と外に分かれますが、内の徳を養う者は必ず外の儀を正しくし、外の儀を正しくする者は必ず内の徳を養います。立ち居振る舞いを重々しくし、礼の動作や言葉づかいをゆっくりにするのは、徳を養うためです。程子の「敬」の工夫なども、身なりを整え厳粛にすることから始まるといいます。朝廷で大礼のときに行歩を練る(ゆったり歩く)ということがあります。これはわざと飾りを加えたものではなく、位の高い人は必ずこのようにすべきで、大勢の人に見習わせるためです。ですから高官の家柄に威儀があるのも、日ごろこのような礼を見習って自然に正しくなったのです。昔、粟田真人卿が遣唐使として唐へ行かれたとき、威儀の正しいのを見て、わが国全体のことまで褒められたということです。一身のことだけではなく、国の栄辱にもかかわることなのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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尚書・多士殷の夏の命を革めしを。今爾又曰く、『夏は迪(すす)み簡ばれて王庭に在り、服有りて百僚に在り』と。予一人は惟れ徳を聴用す、肆に予敢へて爾を天邑商に求む。予惟れ率ゐて肆に爾を矜(あは)れむ。予の罪に非ず、時れ惟れ天命なり。」王曰く、「多士よ。昔朕、奄より来たり、予大いに爾四国の民の命を降す。我乃ち明らかに天罰を致し、爾を遐逖に移し、事を比(した)しみて我が宗に臣たらしむ、遜ること多かれ。」王曰く、「爾殷の多士に告ぐ。今予惟れ爾を殺さず、予惟れ時の命を申ぬる有り。今朕大邑を茲の洛に作る、予惟れ四方の賓する攸罔きを以てなり。亦惟れ爾多士の服する攸、奔走して我に臣たり、遜ること多かれ。爾乃ち尚ほ爾の土有らん、爾乃ち尚ほ寧く幹止せん。爾克く敬すれば、天惟れ爾を畀へ矜れまん。爾敬する克はずんば、爾啻に爾の土を有たざるのみならず、予も亦天の罰を爾の躬に致さん。今爾惟れ時に爾の邑に宅し、爾の居を継ぎ、爾厥れ茲の洛に幹有り年有らば、爾の小子乃ち興り、爾の遷るに従はん。」王曰く、「又曰く、時れ予乃ち或いは誨言す、爾の居る攸なり。」
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言志四録・言志後録 第八十九条 謙は徳の柄謙は、徳の柄なり。敬は、徳の輿なり。以て師を行り邑国を征すべし。
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『童子問』卷上問ふ、忠信を主とせば、則ち敬を用ふるを要せざるか。曰く、否。夫子曰く、「言は忠信、行ひは篤敬」と。又曰く、「居処は恭、事を執りては敬、人に与りては忠」と。敬も亦聖学功を用ふるの一事にして、具に成訓有り。那ぞ廃すべけんや。蓋し聖人の人を教ふる、其の工夫条目、固より一端に非ず。衆功兼ね挙げて、而る後に能く其の徳を成すことを得。猶ほ医の疾を療するに、薬に君臣佐使有り、方に七方十剤有りて、衆薬兼ね該へて、而る後に以て病を差すべきがごとし。故に或いは曰く、知仁勇と。或いは曰く、忠信篤敬と。或いは曰く、恭寛信敏恵と。或いは曰く、忠信を主とし、義に徙ると。事に因りて教へを設け、人に対して方を示す。豈に徒に一事を守りて、徳を成すことを得べけんや。然れども其の忠信に於けるや、猶ほ薬中の甘草有るがごとく、得て闕くべからず。許多の功夫有りと雖も、然れども此を以て之が主と為さざるべからざるのみ。宋儒の所謂持敬と云ふ者は、古人の事に就きて敬を致す者と、其の意既に異なり、而して亦忠信を以て主と為すことを要せず、却つて徒に一の敬の字を以て学問の始終を該ねんと欲す。猶ほ単方を以て百病を治せんと欲するがごとし。其の人を誤らざる者は、未だ之有らざるなり。
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抱朴子外篇・疾謬夫れ徳盛んに操清ければ、則ち深く自ら挹降すと雖も、人は猶お之を貴ぶ。若し履蹈高からざれば、則ち行い凌暴なりと雖も、人は猶お敬せず。仮令い外は人の体を服すとも、内は人心を失えば、所謂憎悪せられ、尊重せらるるに非ざるなり。昔、荘生未だ食せざるに、趙王側らに立ち、鄒衍疆に入るに、燕君彗を擁す。康成の裏には、逆虜も望み拝し、林宗の庭には、卑しみ粛まざる莫し。力の服する所に非ざるなり。夫れ抄盗を以て財を致さば、巨富と雖も嘉するに足らず、凶徳もて人を脅かさば、憚らると雖も栄とするに足らざるなり。然れども庸民之を為して悪まず。故に其の言を聞く者は、猶お鴟梟の来たり鳴くがごとく、其の面を睹る者は、鬼魅の形を見すがごとし。其の至り詣る所は、則ち妖怪の集まるがごとく、其の道途に在るや、虎の群に逢うよりも甚だし。愚夫之を行い、自ら矜りて豪と為し、小人之を徴して、以て階を横にすと為す。乱の定まる有る靡きは、実に此れに之れ由る。
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『春秋左氏伝』閔公二年 慶父、自ら縊る二年春、虢公犬戎を渭汭に敗る。舟之僑曰く、「德無くして祿あるは、殃なり。殃將に至らんとす」と。遂に晉に奔る。夏、莊公に吉禘す、速やかなるなり。初め、公の傅卜齮の田を奪ふ。公禁ぜず。秋八月辛丑、共仲卜齮をして公を武闈に賊せしむ。成季僖公を以って邾に適く。共仲莒に奔る。乃ち入りて、之を立つ。賂を以って共仲を莒に求む。莒人之を歸す。密に及び、公子魚をして請はしむ。許さず。哭して往く。共仲曰く、「奚斯の聲なり」と。乃ち縊る。閔公は、哀姜の娣叔姜の子なり。故に齊人之を立つ。共仲哀姜に通ず。哀姜之を立てんと欲す。閔公の死するや、哀姜與り知る。故に邾に孫る。齊人取りて之を夷に殺し、其の尸を以って歸る。僖公請ひて之を葬る。成季の將に生まれんとするや、桓公卜楚丘の父をして之を卜せしむ。曰く、「男なり。其の名を友と曰ひ、公の右に在らん。兩社に間はり、公室の輔と爲らん。季氏亡びなば、則ち魯昌えず」と。又之を筮し、《大有》の《乾》に之くに遇ふ。曰く、「同じく父に復り、敬すること君の所の如し」と。生まるるに及び、文の其の手に在る有りて「友」と曰ふ。遂に以って之に命く。
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呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。

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