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紫灘遺稿抄録 / 心得の条々・骨にたとえた士の節義

一士の重ずる事は節義なり、節義はたとへていへば、人の體に骨あるが如し、骨なければ首も正しく、上に在ことをえず、手も物を取事をえず、足も立事をえず、されば人は才能ありても、學問ありても、節義なければ世に立とを得ず、節義あれば、不骨不調法にても、士たるだけの事には事かゝぬなり、鎌倉武士の無學無術なるものも、ひたすら節義を心掛しゆゑ、事に臨み死に臨み、天晴なる士と見ゆるぞかし、奈良のむかしも、吉備大臣、諸兄の左府など、學識もあり、功業もあり、なるほど賢き人々なれど、孝謙天皇の朝にて、心苦き事のみありしかど、一言も出しえず、默止せられたるが、和氣淸麿は、さしもの道鏡が威も怖れず、宇佐の神勅をありの儘に 奏聞して、其身の禍は少しも顧られざりければ、千載の後までも、義烈いかめしく、近年護王大明神といふ 勅號下りて、神祠巍然とたち、祀典に叙せられたり、唐國にても段秀實顏杲卿顏眞卿など、萬里の外までも其名轟くぞかし、

新字:一士の重ずる事は節義なり、節義はたとへていへば、人の体に骨あるが如し、骨なければ首も正しく、上に在ことをえず、手も物を取事をえず、足も立事をえず、されば人は才能ありても、学問ありても、節義なければ世に立とを得ず、節義あれば、不骨不調法にても、士たるだけの事には事かゝぬなり、鎌倉武士の無学無術なるものも、ひたすら節義を心掛しゆゑ、事に臨み死に臨み、天晴なる士と見ゆるぞかし、奈良のむかしも、吉備大臣、諸兄の左府など、学識もあり、功業もあり、なるほど賢き人々なれど、孝謙天皇の朝にて、心苦き事のみありしかど、一言も出しえず、黙止せられたるが、和気清麿は、さしもの道鏡が威も怖れず、宇佐の神勅をありの儘に 奏聞して、其身の禍は少しも顧られざりければ、千載の後までも、義烈いかめしく、近年護王大明神といふ 勅号下りて、神祠巍然とたち、祀典に叙せられたり、唐国にても段秀実顔杲卿顔真卿など、万里の外までも其名轟くぞかし、

書き下し

一士の重ずる事は節義なり、節義はたとへていへば、人の體に骨あるが如し、骨なければ首も正しく、上に在ことをえず、手も物を取事をえず、足も立事をえず、されば人は才能ありても、學問ありても、節義なければ世に立とを得ず、節義あれば、不骨不調法にても、士たるだけの事には事かゝぬなり、鎌倉武士の無學無術なるものも、ひたすら節義を心掛しゆゑ、事に臨み死に臨み、天晴なる士と見ゆるぞかし、奈良のむかしも、吉備大臣、諸兄の左府など、學識もあり、功業もあり、なるほど賢き人々なれど、孝謙天皇の朝にて、心苦き事のみありしかど、一言も出しえず、默止せられたるが、和氣淸麿は、さしもの道鏡が威も怖れず、宇佐の神勅をありの儘に 奏聞して、其身の禍は少しも顧られざりければ、千載の後までも、義烈いかめしく、近年護王大明神といふ 勅號下りて、神祠巍然とたち、祀典に叙せられたり、唐國にても段秀實顏杲卿顏眞卿など、萬里の外までも其名轟くぞかし、

現代語訳

一、士が重んじるものは節義です。節義はたとえて言えば、人の体に骨があるようなものです。骨がなければ首も正しく上に載っていることができず、手も物を取ることができず、足も立つことができません。ですから人は才能があっても、学問があっても、節義がなければ世に立つことができません。節義があれば、無骨で不調法であっても、士としてのつとめには事欠きません。鎌倉武士の無学で無術の者も、ひたすら節義を心がけたので、事に臨み、死に臨んで、あっぱれな士に見えたのです。奈良の昔も、吉備大臣(吉備真備)、諸兄の左府(橘諸兄)など、学識もあり功績もあり、なるほど賢い人々でしたが、孝謙天皇の御代に、心苦しいことばかりがありながら、一言も出せず、黙っておられたところ、和気清麿は、あの道鏡の威勢も恐れず、宇佐の神勅をありのまま天皇に奏上し、自身の災難は少しも顧みなかったので、千年の後までも義烈が厳しく伝わり、近年は護王大明神という勅号が下って、神社が高くそびえ立ち、祭祀の規定にも叙せられました。唐の国でも、段秀実、顔杲卿、顔真卿など、万里の外までその名が轟いています。

解説

著者は、士にとって節義は骨のように人を支えるもので、才能や学問があっても節義がなければ立てないと述べます。ここでの節義は、自分の損得や周囲の圧力に左右されず、正しいと信じることを言い行う姿勢と読み取れます。現代の管理職に置き換えると、都合の悪い事実を上司や顧客に正直に伝える、不正や無理な指示に黙らない、という実践になります。能力の高さよりも、言うべき時に言う筋の通り方が、長く信頼を集める土台になるでしょう。

この章句が説くこと

紫灘遺稿抄録真木保臣節義和気清麿道鏡士の心得

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