孟子 / 盡心章句上
孟子曰く、柳下惠不以三公易其介。
新字:孟子曰く、柳下恵不以三公易其介。
書き下し
孟子曰く、「柳下惠は三公を以て其の介を易えず。」
現代語訳
孟子は言った。 「魯の賢者柳下惠は、三公のような貴い位であっても、それに就こうが去ろうが、自分の志や操を変えることはなかった。」
解説
魯の賢者・柳下惠は、三公という最高位の官職を約束されても、自分の節操を変えなかったと孟子は語ります。地位や名誉を得ても、あるいは逆境にあっても、自分の信念や志を曲げないことの尊さを説く一節です。人は往々にして、大きな地位や利益を目の前にすると、これまでの原則を「今回だけは」と曲げてしまいがちです。しかし柳下惠はどちらの局面でも変わらなかったからこそ、後世まで語り継がれる賢者となりました。現代の職場や社会においても、周りの環境や評価に流されず、自分の中の正しい芯を持ち続けることは信頼につながります。どのような状況でも自分を見失わない、確固たる信念こそが大切なのです。
この章句が説くこと
信念志環境に流されない
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