孟子 / 公孫丑章句下
孟子致為臣而歸。王就見孟子、曰、前日願見而不可得。得侍同朝甚喜。今又棄寡人而歸。不識、可以繼此而得見乎。對曰、不敢請耳。固所願也。他日王謂時子曰、我欲中國而授孟子室、養弟子以萬鍾、使諸大夫國人皆有所矜式。子盍為我言之。時子因陳子而以告孟子。陳子以時子之言告孟子。孟子曰、然。夫時子惡知其不可也。如使予欲富、辭十萬而受萬。是為欲富乎。季孫曰、異哉子叔疑。使己為政。不用、則亦已矣。又使其子弟為卿。人亦孰不欲富貴。而獨於富貴之中、有私龍斷焉。古之為市也、以其所有易其所無者。有司者治之耳。有賤丈夫焉。必求龍斷而登之、以左右望而罔市利。人皆以為賤,故從而征之。征商、自此賤丈夫始矣。
新字:孟子致為臣而帰。王就見孟子、曰、前日願見而不可得。得侍同朝甚喜。今又棄寡人而帰。不識、可以継此而得見乎。対曰、不敢請耳。固所願也。他日王謂時子曰、我欲中国而授孟子室、養弟子以万鍾、使諸大夫国人皆有所矜式。子盍為我言之。時子因陳子而以告孟子。陳子以時子之言告孟子。孟子曰、然。夫時子悪知其不可也。如使予欲富、辞十万而受万。是為欲富乎。季孫曰、異哉子叔疑。使己為政。不用、則亦已矣。又使其子弟為卿。人亦孰不欲富貴。而独於富貴之中、有私竜断焉。古之為市也、以其所有易其所無者。有司者治之耳。有賤丈夫焉。必求竜断而登之、以左右望而罔市利。人皆以為賤,故従而征之。征商、自此賤丈夫始矣。
書き下し
孟子、臣為るを致して歸る。王就いて孟子を見て曰く、「前日、見んことを願いて得可からず。同朝に侍するを得て甚だ喜べり。今、又寡人を棄てて歸る。識らず、以て此に繼いで見るを得可きか。」對えて曰く、「敢て請わざるのみ。固より願う所なり。」他日、王、時子に謂いて曰く、「我、中國にして孟子に室を授け、弟子を養うに萬鍾を以てし、諸大夫國人をして、皆矜式する所有らしめんと欲す。子盍ぞ我が為に之を言わざる。」時子、陳子に因りて以て孟子に告げしむ。陳子、時子の言を以て孟子に告ぐ。孟子曰く、「然り。夫の時子惡くんぞ其の不可なるを知らんや。如し予をして富を欲せしめば、十萬を辭して萬を受く。是れ富を欲すと為さんか。季孫曰く、『異なるかな子叔疑。己をして政を為さしむ。用いられざれば則ち亦た已まん。又其の子弟をして卿為らしむ。人亦た孰か富貴を欲せざらん。而して獨り富貴の中に於いて、龍斷を私する有り。』古の市為るや、其の有る所を以て其の無き所に易う者なり。有司は、之を治むるのみ。賤丈夫有り。必ず龍斷を求めて之に登り、以て左右望して市利を罔せり。人皆以て賤しと為す。故に從って之を征す。商を征するは、此の賤丈夫自り始まる。」
現代語訳
孟子は齊の卿を辞任して屋敷に戻ってきた。齊王は出来れば引き留めたいと思い、わざわざ孟子の屋敷まで訪ねて行き、言った、 「以前から先生にお目にかかりたいと思いながらかないませんでしたが、それもかない朝廷で先生に侍すことが出来るようになり、大変喜んでおりました。それなのに今、先生は私を見捨ててお帰りになる。どうだろうか、この先もお目にかかることが出来るのだろうか。」 答えて言った、 「敢て私からお願いしなかっただけのことで、当然私もその事を願っております。」 後日、王は臣下の時子に言った、 「私は都の中央に孟子に屋敷を授け、弟子を養い教育するために萬鍾の禄を与え、大夫たちや人民が先生を敬い模範とするようにさせたいのだ。お前はこの事を私に代わって孟先生に告げてくれぬか。」 時子は孟子の弟子の陳臻に、王の言葉を孟子に伝えてもらった。陳臻は時子の言葉を孟子に伝えた。孟子は言った、 「そのとおりだろう。だがあの時子などには、私がどうして齊を去るのか分からないだろう。私が富を欲しているとでも思っているのだろう。私は大道を以て王様に政を説いてきたが行われることがなかった。それで十萬鍾の俸禄を辭して去るのだ。今新たに一萬鍾の禄を得てお仕えしようとは思わない。だから私が富を欲しているとは言えまい。曾て季孫が言ったことがある、『子叔疑はおかしな男だなあ。始め主君に執り上げられて政治に参与したのだから、用いられなくなれば、辞職すればよいのだ。それを又自分の子弟を後任に据えてしまった。人は誰でも富貴を望まない者はいないだろう。ただ彼の行いは富貴に留まって、個人的に利益を独り占めにする者だ。』昔の市場というものは、自分の持っている物と持っていない物とを交換する場所であり、役人はそれを監督するだけであった。ところが貪欲で卑しむべき男があらわれて、利益を独占しようとして高台に登り、右に左に市場を見渡し、儲かりそうな所が有れば、飛んでいって利益を独り占めした。人々はその貪欲さを卑しみ、役人も遂にその男から税を徴収した。商人に課税するようになったのは、この下劣な男から始まったという。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「之に附すに韓・魏の家を以てするも、如し其の自ら視ること欿然(カン・ゼン)たらば、則ち人に過ぐること遠し。」
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孟子・盡心章句上孟子、宋句踐に謂いて曰く、「子、遊を好むか。吾、子に遊を語らん。人、之を知るも亦た囂囂(ゴウ・ゴウ)たり。人、知らざるも亦た囂囂たり。」曰く、「何如なれば斯に以て囂囂たる可き。」曰く、「徳を尊び義を樂しめば、則ち以て囂囂たる可し。故に士は窮しても義を失わず、達しても道を離れず。窮しても義を失わず、故に士は己を得。達しても道を離れず、故に民は望みを失わず。古の人は、志を得れば、澤、民に加わり、志を得ざれば、身を修めて世に見わる。窮すれば則ち獨り其の身を善くし、達すれば則ち兼ねて天下を善くす。」
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孟子・滕文公章句下陳代曰く、「諸侯を見ざるは、宜(ほとんど)ど小なるが若く然り。今、一たび之を見ば、大は則ち以て王たらしめ、小は則ち以て霸たらしめん。且つ志に曰く、『尺を枉げて尋を直くす。』宜ど為す可きが若し。」孟子曰く、「昔、齊の景公田す。虞人を招くに旌を以てす。至らず。將に之を殺さんとす。『志士は溝壑に在るを忘れず、勇士は其の元を喪うを忘れず。』孔子奚をか取れる。其の招きに非ざれば往かざるを取れるなり。其の招きを待たずして往くが如きは何ぞや。且つ夫れ尺を枉げて尋を直くすとは、利を以て言うなり。如し利を以てせば、則ち尋を枉げ尺を直くして利あらば、亦た為す可きか。昔者、趙簡子、王良をして嬖奚と乘らしむ。終日にして一禽をも獲ず。嬖奚反命して曰く、『天下の賤工なり。』或ひと以て王良に告ぐ。良曰く、『請う之を復びせん。』彊いて後に可く。一朝にして十禽を獲たり。嬖奚反命して曰く、『天下の良工なり。』簡子曰く、『我、女と乘ることを掌らしめん。』王良に謂う。良可かず。曰く、『吾、之が為に我が馳驅を範すれば、終日一をも獲ず。之が為に詭遇すれば、一朝にして十を獲たり。詩に云う、其の馳することを失わざれば、矢を舍ちて破るが如し、と。我、小人と乘ることを貫わず。請う辭せん。』御者すら且つ射る者と比するを羞づ。比して禽獸を獲ること丘陵の若しと雖も、為さざるなり。道を枉げて彼に從うが如きは何ぞや。且つ子過てり。己を枉ぐる者は、未だ能く人を直くする者有らざるなり。」
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「人為さざる有り、而る後以て為す有る可し。」
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史記 伯夷列伝伯夷・叔斉は孤竹の君の二子なり。父、叔斉を立てんと欲す。父卒するに及び、叔斉、伯夷に譲る。伯夷曰く、「父の命なり」と、遂に逃げ去る。叔斉も亦た立つを肯ぜずして之を逃る。国人、其の中子を立つ。是に於いて伯夷・叔斉、西伯昌の善く老を養ふを聞き、盍ぞ往きて帰せざらん、と。至るに及び、西伯卒す。武王、木主を載せ、号して文王と為し、東して紂を伐つ。伯夷・叔斉、馬を叩へて諫めて曰く、「父死して葬らず、爰に干戈に及ぶは、孝と謂ふ可きか。臣を以て君を弑するは、仁と謂ふ可きか」と。左右、之を兵せんと欲す。太公曰く、「此れ義人なり」と、扶けて之を去らしむ。武王、已に殷の乱を平らげ、天下、周を宗とす。而るに伯夷・叔斉は之を恥ぢ、義として周の粟を食らはず、首陽山に隠れ、薇を采りて之を食らふ。餓ゑて且に死せんとするに及び、歌を作る。其の辞に曰く、「彼の西山に登り、其の薇を采る。暴を以て暴に易へ、其の非を知らず。神農・虞・夏、忽焉として没わる。我、安にか適きて帰せん。于嗟、徂かん、命は之れ衰へたり」と。遂に首陽山に餓死す。
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孟子・告子章句上孟子曰く、「魚は我が欲する所なり。熊掌も亦た我が欲する所なり。二者兼ぬるを得可からずんば、魚を舍てて熊掌を取る者なり。生も亦た我が欲する所なり。義も亦た我が欲する所なり。二者兼ぬるを得可からずんば、生を舎てて義を取る者なり。生も亦た我が欲する所なれども、欲する所生より甚だしき者有り。故に苟くも得るを為さざるなり。死も亦た我が惡む所なれども、惡む所死より甚だしき者有り。故に患も辟けざる所有るなり。如し人の欲する所をして生より甚だしきもの莫からしめば、則ち凡そ以て生を得可き者は、何ぞ用いざらんや。人の惡む所をして死より甚だしき者莫からしめば、則ち凡そ以て患いを辟く可き者は、何ぞ為さざらんや。是に由れば則ち生くるも、而も用いざること有るなり。是に由れば則ち以て患いを辟く可きも、而も為さざること有るなり。是の故に欲する所、生より甚だしき者有り、惡む所、死より甚だしき者有り。獨り賢者のみ是の心有るに非ざるなり。人皆之れ有り。賢者は能く喪うこと勿きのみ。一簞の食、一豆の羹も、之を得れば則ち生き、得ざれば則ち死す。嘑爾(コ・ジ)として之を與うれば、道を行くの人も受けず。蹴爾として之を與うれば、乞人も屑(いさぎよい)しとせざるなり。萬鍾は則ち禮義を辨ぜずして之を受く。萬鍾は我に於て何をか加えん。宮室の美・妻妾の奉・識る所の窮乏者の我に得るが為か。ᰰには身の死するが為にして受けず。今は宮室の美の為に之を為す。ᰰには身の死するが為にして受けず。今は妻妾の奉の為に之を為す。ᰰには身の死するが為にして受けず。今は識る所の窮乏者の我に得るが為にして之を為す。是れ亦た以て已む可からざるか。此を之れ其の本心を失うと謂う。」