新書 / 禮容語下
單襄公告魯成公曰:「晉將有亂,其君與三郄其當之乎?」魯侯曰:「寡人固晉而彊其君,今君曰『將有亂』,敢問天道乎?意人故也?」對曰:「吾非諸史也,焉知天道?吾見晉君之容,而聽三郄之語矣,殆必有禍矣。君子目以正體,足以從之,是以觀容而知其心。今晉侯視遠而足高,目不在體,而足不步目,其心必異矣。體目不相從,何以能久?夫合諸侯,國之大事也,於是觀存亡之徵焉。故國將有福,其君步言視聽,必皆得適順善,則可以知德矣。視遠曰絕其義,足高曰棄其德,言爽曰反其信,聽淫曰離其名。夫目以處義,足以踐德,口以庇信,耳以聽名者矣,故不可不慎也。偏亡者有咎,既亡則國從之。今晉侯無一可焉,吾是以云。夫郄氏,晉之寵人也。是族在晉有三卿五大夫,貴矣,亦可以戒懼矣。
新字:単襄公告魯成公曰:「晋将有乱,其君与三郄其当之乎?」魯侯曰:「寡人固晋而彊其君,今君曰『将有乱』,敢問天道乎?意人故也?」対曰:「吾非諸史也,焉知天道?吾見晋君之容,而聴三郄之語矣,殆必有禍矣。君子目以正体,足以従之,是以観容而知其心。今晋侯視遠而足高,目不在体,而足不歩目,其心必異矣。体目不相従,何以能久?夫合諸侯,国之大事也,於是観存亡之徴焉。故国将有福,其君歩言視聴,必皆得適順善,則可以知徳矣。視遠曰絶其義,足高曰棄其徳,言爽曰反其信,聴淫曰離其名。夫目以処義,足以践徳,口以庇信,耳以聴名者矣,故不可不慎也。偏亡者有咎,既亡則国従之。今晋侯無一可焉,吾是以云。夫郄氏,晋之寵人也。是族在晋有三卿五大夫,貴矣,亦可以戒懼矣。
書き下し
単襄公魯の成公に告げて曰く、「晋将に乱有らんとす。其の君と三郄とは其れ之に当たらんか」と。魯侯曰く、「寡人固より晋を固くして其の君を彊くす。今君『将に乱有らん』と曰う。敢えて天道を問うか。意うに人の故か」と。対えて曰く、「吾は諸史に非ず、焉んぞ天道を知らん。吾晋君の容を見、三郄の語を聴けり。殆ど必ず禍有らん。君子は目を以て体を正し、足を以て之に従う。是を以て容を観て其の心を知る。今晋侯は視ること遠くして足高く、目体に在らず、足目に歩まず。其の心必ず異なり。体目相従わず、何を以て能く久しからん。夫れ諸侯を合するは、国の大事なり。是に於いて存亡の徴を観る。故に国将に福あらんとすれば、其の君の歩言視聴、必ず皆適順善を得て、則ち以て徳を知る可し。視ること遠きは其の義を絶つと曰い、足高きは其の徳を棄つと曰い、言爽うは其の信に反すと曰い、聴くこと淫なるは其の名を離ると曰う。夫れ目は以て義に処り、足は以て徳を践み、口は以て信を庇い、耳は以て名を聴く者なり。故に慎まざる可からず。偏えに亡なう者は咎有り、既に亡なえば国之に従う。今晋侯は一も可なる無し。吾是を以て云う。夫れ郄氏は晋の寵人なり。是の族は晋に在りて三卿五大夫有り、貴し、亦た以て戒懼す可し。
現代語訳
単襄公は魯の成公に告げました。「晋にはまもなく乱が起こるでしょう。その君と三郄がその当事者となるでしょう」。魯侯は言いました。「私は、晋を重んじて晋の君を強くしてきた。いまあなたは『まもなく乱が起こる』という。天の道によるのか、それとも人についてのことか」。単襄公は答えました。「私は史官ではありません。天の道など知りません。私は晋の君の立ち居振る舞いを見て、三郄の言葉を聞きました。おそらく必ず禍があるでしょう。君子は目で体を正し、足がそれに従います。だから姿を見てその心を知ることができます。いま晋侯は視線が遠く、足を高く上げて歩き、目が体に向かわず、足が目に従って歩みません。その心は必ず乱れています。体と目が互いに従わないのに、どうして長くもちましょう。諸侯を集めるのは国の大事です。このとき存亡の兆しを見るのです。国にまもなく福が来るなら、その君の歩く、話す、見る、聞くが、必ず皆ふさわしく順に善を得ており、徳を知ることができます。視線が遠いのは義を絶つといい、足が高いのは徳を棄てるといい、言葉が違うのは信に背くといい、聞き方が淫らなのは名を離れるといいます。目は義に居るために、足は徳を践むために、口は信を守るために、耳は名を聴くためにあります。慎まなければなりません。一つでも失えば咎があり、すべて失えば国もそれに従います。いま晋侯には一つも見るべき点がありません。だからこう言うのです。郄氏は晋の寵臣の家です。この一族は晋に三人の卿と五人の大夫を出し、貴いからこそ、戒め恐れるべきです。
解説
この章句が説くこと
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国語・周語下柯陵(かりょう)の会に、単襄公、晋の厲公の視ること遠く歩むこと高きを見る。晋の郤錡(げきき)見(まみ)ゆ、其の語犯す。郤犫(げきしゅう)見ゆ、其の語迂(う)なり。郤至見ゆ、其の語伐(ほこ)る。斉の国佐(こくさ)見ゆ、其の語尽くす。魯の成公見ゆ、言晋の難と郤犫の譖(しん)とに及ぶ。 単子曰く、「君何ぞ患えん。晋将に乱有らんとす。其の君と三郤と其れ之に当たらんか」と。魯侯曰く、「寡人晋に免れざるを懼る。今君『将に乱有らんとす』と曰う。敢えて問う、天道か、抑も人の故か」と。対えて曰く、「吾は瞽(こ)・史に非ず、焉んぞ天道を知らん。吾晋君の容を見て、三郤の語を聴けり。殆ど必ず禍いある者なり。夫れ君子は目以て体を定め、足以て之に従う。是を以て其の容を観て其の心を知る。目は以て義に処(お)り、足は以て目に歩む。今晋侯視ること遠くして足高し。目体に在らずして、足目に歩まず。其の心必ず異なり。目と体と相従わず、何を以て能く久しからん。夫れ諸侯を合するは、民の大事なり。是に於いてか存亡を観る。故に国将に咎無からんとすれば、其の君会に在りて、歩・言・視・聴、必ず皆謫(とが)無し。則ち以て徳を知るべし。視ること遠ければ、日に其の義を絶つ。足高ければ、日に其の徳を棄つ。言爽(たが)えば、日に其の信に反す。聴くこと淫なれば、日に其の名を離る。夫れ目は以て義に処り、足は以て徳を践(ふ)み、口は以て信を庇(まも)り、耳は以て名を聴く者なり。故に慎まざるべからず。偏(かたよ)り喪えば咎有り、既(ことごと)く喪えば国之に従う。晋侯二を爽う。吾是を以て云う」と。
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国語・周語下「夫れ郤氏は、晋の寵人なり。三卿にして五大夫、以て戒懼すべし。高位は寔(まこと)に疾(すみ)やかに顛(たお)れ、厚味は寔に腊毒(せきどく)あり。今郤伯の語は犯し、叔は迂、季は伐る。犯せば則ち人を陵ぎ、迂なれば則ち人を誣(し)い、伐れば則ち人を掩(おお)う。是の寵有りて、之に益すに三怨を以てす。其れ誰か能く之を忍ばん。斉の国子と雖も亦将に与(あずか)らんとす。淫乱の国に立ちて、好んで言を尽くし、以て人の過ちを招くは、怨みの本なり。唯善人のみ能く尽言を受く。斉其れ有らんや。吾之を聞く、国徳ありて修めざるに鄰すれば、必ず其の福を受くと。今君晋に偪(せま)られて、斉に鄰す。斉・晋に禍い有らば、以て伯を取るべし。徳無きを之れ患えよ、何ぞ晋を憂えん。且つ夫の長翟(ちょうてき)の人は利にして不義なり。其の利淫なり。之を流さば若何」と。 魯侯帰り、乃ち叔孫僑如(しゅくそんきょうじょ)を逐う。簡王十一年、諸侯柯陵に会す。十二年、晋三郤を殺す。十三年、晋侯弒せられ、翼の東門に葬るに、車一乗を以てす。斉人国武子を殺す。
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国語・周語下「天は六、地は五、数の常なり。之を経(たていと)にするに天を以てし、之を緯(よこいと)にするに地を以てす。経緯爽(たが)わざる、文の象なり。文王は質文なり、故に天之に胙(さいわい)するに天下を以てす。夫子之を被(こうむ)れり。其の昭穆又近し、以て国を得べし。且つ夫れ立ちて跛ること無きは正なり。視て還らすこと無きは端なり。聴きて聳つること無きは成なり。言いて遠きこと無きは慎なり。夫れ正は徳の道なり。端は徳の信なり。成は徳の終わりなり。慎は徳の守りなり。守り終わること純固にして、道正しく事信なれば、令徳を明らかにす。慎・成・端・正は徳の相(たすけ)なり。晋の為に休戚するは、本に背かざるなり。文を被り徳を相く、国に非ずして何をか取らん。 「成公の帰るや、吾聞く、晋之を筮(ぜい)し、乾の否に之くに遇う。曰く、『配して終えず、君三たび出でん』と。一は既に往けり。後は之を知らず。其の次は必ず此れならん。且つ吾聞く、成公の生まるるや、其の母神其の臀(しり)に規(えが)くに墨を以てするを夢む。曰く、『晋国を有たしめ、三にして驩(かん)の孫に畀(あた)えん』と。故に之に名づけて『黒臀(こくとん)』と曰う。今に於いて再びなり。襄公を驩と曰う、此れ其の孫なり。而して令徳孝恭なり、此に非ずして其れ誰ぞ。且つ其の夢に曰く、『必ず驩の孫、実に晋国を有たん』と。其の卦に曰く、『必ず三たび君を周に取らん』と。其の徳又以て国に君たるべし。三たび襲(かさ)なれり。吾之を大誓に聞く、故に曰く、『朕の夢朕の卜に協(かな)い、休祥に襲なる、商を戎(う)ちて必ず克たん』と。三たび襲なるを以てなり。晋仍(しばしば)道無くして冑(ちゅう)鮮(すくな)し。其れ将に之を失わんとす。必ず早く晋子を善くせよ、其れ之に当たらん」と。 頃公許諾す。厲公の乱に及び、周子を召して之を立つ、是を悼公と為す。
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国語・周語上襄王邵公過(しょうこうか)及び内史過をして晋の恵公に命を賜わしむ。呂甥(りょせい)・郤芮(げきぜい)晋侯を相(たす)けて敬せず。晋侯玉を執ること卑く、拝して稽首(けいしゅ)せず。 内史過帰り、以て王に告げて曰く、「晋亡びずんば、其の君必ず後無からん。且つ呂・郤将に免れざらんとす」と。王曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「夏書に之有りて曰く、『衆は元后に非ずんば、何をか戴かん。后は衆に非ずんば、与に邦を守る無し』と。湯誓に在りて曰く、『余一人罪有らば、万夫を以てする無かれ。万夫罪有らば、余一人に在り』と。盤庚に在りて曰く、『国の臧(よ)きは、則ち惟れ女(なんじ)衆なり。国の臧からざるは、則ち惟れ余一人、是れ逸罰有り』と。是くの如くなれば則ち衆に長として民を使うは、慎まざる可からざるなり。民の急とする所は大事に在り。先王は大事の必ず衆を以て済すを知る。是の故に其の心を祓除して、以て民を和恵す。中を考え衷を度(はか)りて以て之に莅(のぞ)み、物則を昭明して以て之を訓え、義を制し庶(もろもろ)孚(まこと)にして以て之を行う。其の心を祓除するは、精なり。中を考え衷を度るは、忠なり。物則を昭明するは、礼なり。義を制し庶孚にするは、信なり。然らば則ち衆に長として民を使うの道は、精に非ずんば和せず、忠に非ずんば立たず、礼に非ずんば順わず、信に非ずんば行われず。今晋侯即位して外内の賂(まいない)に背き、其の処(お)る者を虐ぐ、其の信を棄つるなり。王命を敬せず、其の礼を棄つるなり。其の悪む所を施す、其の忠を棄つるなり。悪を以て心に実(み)つ、其の精を棄つるなり。四者皆棄つれば、則ち遠きは至らずして近きは和せず、将に何を以て国を守らんとするか。
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『新書』禮容語下今郄伯の語は犯し、郄叔は訏り、郄季は伐る。犯せば則ち人を凌ぎ、訏れば則ち人を誣い、伐れば則ち人を揜う。是の寵有りて、之に益すに三怨を以てすれば、其れ誰か能く之を忍ばん。斉の国武子も亦た将に禍有らんとす。斉は乱国なり。淫乱の朝に立ちて、好んで言を尽くして以て人の過ちを暴くは、怨みの本なり。惟だ善人のみ能く尽言を受く。今斉既に乱る、其れ能く善ならんや」と。居ること二年、晋三卿を殺す。明年、厲公東門に弑せらる。是の歳や、斉人果たして国武子を殺す。詩に曰く、「之を敬め之を敬め、天惟れ顕らかなり、命は易からざるかな。高高として上に在りと曰う毋かれ、厥の士に陟降し、日に監ること茲に在り。惟れ予小子、聡からず、敬めり。日に就り月に将み、学は緝熙して光明に有らしめよ。仔肩を佛けよ、我に顕徳の行いを示せ」と。故に順わず敬せざれば、天下定まらず。敬を忘れて怠れば、人必ず之に乗ず。嗚呼、之を戒めよや。
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『長短経』察相天王、単子をして韓宣子に戚に会せしむ。視は下り言は徐かなり。叔向曰く「単子は其れ将に死せんとするか。朝に著有り、定会に表有り、衣に襘有り、帯に結有り。会朝の言は、必ず表著の位に聞こゆ、事の序を昭らかにする所以なり。視は結・襘の中を過ぎず、容貌を導く所以なり。言は以て之を定め、容貌は以て之を明らかにす。失すれば則ち闕有り。今、単子は王官の伯と為りて事を会に命ず。視は帯に登らず、言は歩を過ぎず、貌は容を導かず、而して言は昭らかならず。導かざるは恭ならず、昭らかならざるは従わず、守気無し」と。此の冬、単子卒す。宋の平公、昭子を享す。晏飲楽しみ、語りて相泣く。楽祁佐たり。退きて人に告げて曰く「今茲、君と叔孫と其れ将に死せんとするか。吾れ之を聞く、哀しみに楽しみ楽しみに哀しむは、皆な心を喪うなり。心の精爽、是れを魂魄と謂う。魂魄之を去らば、何を以て能く久しからん」と。此の年、叔孫・宋公皆な卒す。
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