新書 / 禮容語下
魯叔孫昭子聘於宋,宋元公與之燕,飲酒,樂。昭子右坐,歌終而語,因相泣也。樂祁曰:「過哉,君!非哀所也。」已而告人曰:「今茲,君與叔孫其皆死乎?吾聞之,哀樂而樂哀,皆喪心也。心之精爽是謂魂魄,魂魄已失,何以能久?且吾聞之,主民者不可以媮,媮必死。今君與叔孫其語皆媮,死日不遠矣。」居六月,宋元公薨。間一月,叔孫婼卒。晉叔向聘於周,發幣大夫。及單靖公,靖公享之儉而敬,賓禮贈賄同,是禮而從,享燕無私,送不過郊,語說昊天有成命。
新字:魯叔孫昭子聘於宋,宋元公与之燕,飲酒,楽。昭子右坐,歌終而語,因相泣也。楽祁曰:「過哉,君!非哀所也。」已而告人曰:「今茲,君与叔孫其皆死乎?吾聞之,哀楽而楽哀,皆喪心也。心之精爽是謂魂魄,魂魄已失,何以能久?且吾聞之,主民者不可以媮,媮必死。今君与叔孫其語皆媮,死日不遠矣。」居六月,宋元公薨。間一月,叔孫婼卒。晋叔向聘於周,発幣大夫。及単靖公,靖公享之倹而敬,賓礼贈賄同,是礼而従,享燕無私,送不過郊,語説昊天有成命。
書き下し
魯の叔孫昭子宋に聘し、宋の元公之と燕し、酒を飲みて楽しむ。昭子右に坐し、歌終わりて語り、因りて相泣く。楽祁曰く、「過てり、君。哀しむ所に非ざるなり」と。已にして人に告げて曰く、「今茲、君と叔孫と其れ皆死せんか。吾之を聞く、哀しみて楽しみ、楽しみて哀しむは、皆心を喪うなりと。心の精爽は是を魂魄と謂う。魂魄已に失えば、何を以て能く久しからん。且つ吾之を聞く、民に主たる者は媮なる可からず、媮なれば必ず死すと。今君と叔孫と其の語皆媮なり、死日遠からず」と。居ること六月、宋の元公薨ず。間すること一月、叔孫婼卒す。晋の叔向周に聘し、幣を大夫に発す。単靖公に及び、靖公之を享すること倹にして敬、賓礼贈賄同じく、是れ礼にして従う、享燕に私無く、送ること郊を過ぎず、語りて昊天有成命を説く。
現代語訳
魯の叔孫昭子が宋を訪れ、宋の元公が宴を開いて酒を飲み、楽しんでいました。昭子は右の席に座り、歌が終わって語り合ううちに、互いに泣き出しました。楽祁は言いました。「あやまちです、君よ。悲しむべき場ではありません」。のちに人に告げました。「今年、君と叔孫はおそらく二人とも死ぬでしょう。私は、悲しむべき場で楽しみ、楽しむべき場で悲しむのは、どちらも心を失っていることだと聞いています。心の精気は魂魄と呼ばれます。魂魄がすでに失われていれば、長くはもちません。また私は、民の主たる者は軽薄であってはならず、軽薄であれば必ず死ぬと聞いています。いま君と叔孫の語り合いはどちらも軽薄で、死ぬ日は遠くありません」。六か月たって宋の元公が亡くなり、一月おいて叔孫婼も亡くなりました。晋の叔向が周を訪れ、贈り物を大夫たちに配りました。単靖公のところに来ると、靖公は倹約しながら敬いをこめて饗応し、賓客への礼も贈り物も他の大夫と同じで、礼にかない、宴に私心がなく、見送りも郊外を出ず、語りながら昊天有成命の詩を説きました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
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