新書 / 禮容語下
既而叔向告人曰:「吾聞之曰,一姓不再興,今周有單子以為臣,周其復興乎?昔史佚有言曰:『動莫若敬,居莫若儉,德莫若讓,事莫若資。』今單子皆有焉。夫宮室不崇,器無蟲鏤,儉也;身恭除潔,外內肅給,敬也;燕好享賜,雖歡不喻等,讓也;賓之禮事,稱上而差,資也;若是而加之以無私,重之以不侈,能辟怨矣。居儉動敬,德讓事資,而能辟怨,以為卿佐,其有不興乎?夫昊天有成命,頌之盛德也。其詩曰:『昊天有成命,二后受之,成王不敢康,夙夜基命宥謐。』謐者,寧也,億也。命者,制令也。基者,經也,勢也。夙,早也。康,安也。后,王也;二后,文王、武王。成王者,武王之子,文王之孫也。文王有大德而功未就,武王有大功而治未成,及成王承嗣,仁以臨民,故稱『昊天』焉。
新字:既而叔向告人曰:「吾聞之曰,一姓不再興,今周有単子以為臣,周其復興乎?昔史佚有言曰:『動莫若敬,居莫若倹,徳莫若譲,事莫若資。』今単子皆有焉。夫宮室不崇,器無虫鏤,倹也;身恭除潔,外内粛給,敬也;燕好享賜,雖歓不喩等,譲也;賓之礼事,称上而差,資也;若是而加之以無私,重之以不侈,能辟怨矣。居倹動敬,徳譲事資,而能辟怨,以為卿佐,其有不興乎?夫昊天有成命,頌之盛徳也。其詩曰:『昊天有成命,二后受之,成王不敢康,夙夜基命宥謐。』謐者,寧也,億也。命者,制令也。基者,経也,勢也。夙,早也。康,安也。后,王也;二后,文王、武王。成王者,武王之子,文王之孫也。文王有大徳而功未就,武王有大功而治未成,及成王承嗣,仁以臨民,故称『昊天』焉。
書き下し
既にして叔向人に告げて曰く、「吾之を聞くに曰く、一姓再び興らずと。今周に単子有りて以て臣と為す、周其れ復た興らんか。昔史佚言有りて曰く、『動くは敬に若くは莫く、居るは倹に若くは莫く、徳は譲に若くは莫く、事は資に若くは莫し』と。今単子皆焉れを有す。夫れ宮室崇からず、器に虫鏤無きは、倹なり。身恭しく除潔にして、外内粛給するは、敬なり。燕好享賜、歓ぶと雖も等を踰えざるは、譲なり。賓の礼事、上に称いて差するは、資なり。是くの若くして之に加うるに私無きを以てし、之を重ぬるに侈らざるを以てすれば、能く怨みを辟く。居るに倹、動くに敬、徳に譲、事に資、而して能く怨みを辟け、以て卿佐と為さば、其れ興らざる有らんや。夫れ昊天有成命は、盛徳を頌するなり。其の詩に曰く、『昊天成命有り、二后之を受く、成王敢えて康んぜず、夙夜命を基め宥め謐かにす』と。謐とは、寧なり、億なり。命とは、制令なり。基とは、経なり、勢なり。夙とは、早きなり。康とは、安きなり。后とは、王なり。二后は、文王、武王なり。成王は、武王の子、文王の孫なり。文王大徳有りて功未だ就らず、武王大功有りて治未だ成らず、成王の嗣を承くるに及び、仁以て民に臨む。故に『昊天』と称す。
現代語訳
その後、叔向は人に告げました。「私は、一つの姓は二度と興らないと聞いています。いま周には単子がいて臣となっています。周はまた興るでしょうか。昔、史佚がこう言いました。『動くには敬に及ぶものなく、居るには倹に及ぶものなく、徳には譲に及ぶものなく、事には資に及ぶものなし』と。いま単子はそのすべてを備えています。宮室を高くせず、器に虫の彫り物もないのは倹です。身を慎み清潔にして、内外ともに整えるのは敬です。宴で歓びを尽くしても等級を越えないのは譲です。賓客への礼を、上に合わせて差をつけるのは資です。このうえに私心なく、重ねておごらなければ、怨みを避けられます。居るに倹、動くに敬、徳に譲、事に資、そして怨みを避けられる者を卿の輔佐とするなら、興らないことがあるでしょうか。昊天有成命は、盛んな徳をたたえる詩です。その詩に言います。『昊天に成命あり、二后これを受く、成王あえて安んぜず、朝夕に命を基め、寛やかに静かにす』と。謐とは安らかなこと、億とは安んずること。命とは制令のこと。基とは筋道、また勢い。夙とは早いこと。康とは安らぐこと。后とは王のこと。二后は文王と武王です。成王は武王の子で文王の孫です。文王は大徳がありながら功が成らず、武王は大功がありながら治が整わず、成王が継ぐに及んで、仁をもって民に臨みました。だから『昊天』と称するのです。
解説
この章句が説くこと
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国語・周語下「且つ其の語りて昊天有成命を説ぶは、頌の盛徳なり。其の詩に曰く、『昊天成命有り、二后之を受く。成王敢えて康(やす)んぜず。夙夜命を基(はじ)むること宥密(ゆうみつ)なり。於(ああ)、緝熙(しゅうき)せり。厥(そ)の心を亶(あつ)くし、肆(ここ)に其れ之を靖んず』と。是れ成王の徳を道うなり。成王は能く文の昭らかなるを明らかにし、能く武の烈しきを定むる者なり。夫れ成命を道う者にして、昊天を称するは、其の上を翼(うやま)うなり。二后之を受くるは、徳に譲るなり。成王敢えて康んぜざるは、百姓を敬うなり。夙夜は恭なり。基は始なり。命は信なり。宥は寛なり。密は寧なり。緝は明なり。熙は広なり。亶は厚なり。肆は固なり。靖は龢(わ)なり。其の始めや、上を翼い徳に譲りて、百姓を敬う。其の中や、恭倹信寛にして、帥いて寧に帰す。其の終わりや、其の心を広厚にして、以て之を固め龢す。徳譲に始まり、信寛に中し、固和に終わる。故に成と曰う。単子は倹敬譲咨にして、以て成徳に応ず。単若し興らずとも、子孫必ず蕃(しげ)り、後世忘れず。 「詩に曰く、『其の類は維(こ)れ何ぞ、室家の壼(こん)。君子万年、永く祚胤(そいん)を錫(たま)う』と。類なる者は、前哲を忝(はずかし)めざるの謂なり。壼なる者は、民人を広裕にするの謂なり。万年なる者は、令聞忘れられざるの謂なり。胤なる者は、子孫蕃育するの謂なり。単子朝夕成王の徳を忘れず、前哲を忝めずと謂うべし。明徳を膺保(ようほ)して、以て王室を佐く、民人を広裕にすと謂うべし。若し能く善物に類して、以て民人を混厚にする者は、必ず章誉蕃育の祚有り。則ち単子必ず之に当たらん。単若し闕(か)くること有らば、必ず茲の君の子孫実に之を続がん、他に出でざらん」と。
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