新書 / 大政上
故其民之爲其上也,接敵而喜,進而不可止,敵人必駭,戰由此勝也。夫民之於其上也,接而懼,必走去,戰由此敗也。故夫菑與福也,非粹在天也,又在士民也。嗚呼,戒之!戒之!夫士民之志,不可不要也。嗚呼,戒之!戒之!
新字:故其民之為其上也,接敵而喜,進而不可止,敵人必駭,戦由此勝也。夫民之於其上也,接而懼,必走去,戦由此敗也。故夫菑与福也,非粋在天也,又在士民也。嗚呼,戒之!戒之!夫士民之志,不可不要也。嗚呼,戒之!戒之!
書き下し
故に其の民の其の上の為にするや、敵に接して喜び、進みて止む可からざれば、敵人必ず駭き、戦は此に由りて勝つなり。夫れ民の其の上に於けるや、接して懼れ、必ず走り去れば、戦は此に由りて敗るるなり。故に夫れ菑と福とは、粋として天に在るに非ざるなり、又士民に在るなり。嗚呼、之を戒めよ、之を戒めよ。夫れ士民の志は、要せざる可からず。嗚呼、之を戒めよ、之を戒めよ。
現代語訳
そこで、民がその上に立つ者のために戦うとき、敵と接して喜び、進んで止められないほどであれば、敵はきっと驚き、戦はそれによって勝ちます。反対に、民がその上に立つ者に対して敵と接して恐れ、必ず逃げ去るようであれば、戦はそれによって負けます。ですから、災いと福は、もっぱら天にあるのではなく、士や民にもあるのです。ああ、これを戒めなさい、これを戒めなさい。士や民の志は、押さえておかなければなりません。ああ、これを戒めなさい、これを戒めなさい。
解説
前段の結びを受けて、戦場で民が喜んで進むか、恐れて逃げるかが勝敗を分ける、という実例から入る短い段です。そのうえで賈誼は、災いも福も天だけで決まるのではなく、士民の側にもある、という大きな転換を行います。「嗚呼、戒之」を二度繰り返す語り口は、聞き手に強く警告する賈誼らしい調子です。ここでの主張は、運や環境のせいにする前に、民の志を見よ、ということです。組織で失敗があったとき、市場や景気を理由にする前に、現場の人たちが「喜んで進める」状態だったかどうかを点検する視点を与えてくれます。部下の志を把握しているかという問いは、管理職の基本姿勢に直結します。
この章句が説くこと
士民志勝敗災福戒め新書
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