新書 / 官人
取師之禮,黜位而朝之。取友之禮,以身先焉。取大臣之禮,皮幣先焉。取左右之禮,使使者先焉。取侍御之禮,以令至焉。取廝役之禮,以令召矣。師至,則清朝而侍,小事不進。友至,則清殿而侍,聲樂技藝之人不幷見。大臣奏事,則俳優侏儒逃隱,聲樂技藝之人不幷奏。左右在側,聲樂不見。侍御者在側,子女不雜處。故君樂雅樂,則友、大臣可以侍;君樂燕樂,則左右、侍御者可以侍;君開北房,從薰服之樂,則廝役從。清晨聽治,罷朝而論議,從容澤燕。夕時開北房,從薰服之樂。是以聽治論議,從容澤燕,矜莊皆殊序,然後而帝王之業可得而行也。
新字:取師之礼,黜位而朝之。取友之礼,以身先焉。取大臣之礼,皮幣先焉。取左右之礼,使使者先焉。取侍御之礼,以令至焉。取廝役之礼,以令召矣。師至,則清朝而侍,小事不進。友至,則清殿而侍,声楽技芸之人不幷見。大臣奏事,則俳優侏儒逃隠,声楽技芸之人不幷奏。左右在側,声楽不見。侍御者在側,子女不雑処。故君楽雅楽,則友、大臣可以侍;君楽燕楽,則左右、侍御者可以侍;君開北房,従薫服之楽,則廝役従。清晨聴治,罷朝而論議,従容沢燕。夕時開北房,従薫服之楽。是以聴治論議,従容沢燕,矜荘皆殊序,然後而帝王之業可得而行也。
書き下し
師を取るの礼は、位を黜けて之に朝す。友を取るの礼は、身を以て先んず。大臣を取るの礼は、皮幣先んず。左右を取るの礼は、使者を使わして先んず。侍御を取るの礼は、令を以て至らしむ。廝役を取るの礼は、令を以て召す。師至れば、則ち朝を清めて侍し、小事は進めず。友至れば、則ち殿を清めて侍し、声楽技芸の人は幷せ見えず。大臣事を奏すれば、則ち俳優侏儒は逃げ隠れ、声楽技芸の人は幷せ奏せず。左右側に在れば、声楽は見えず。侍御者側に在れば、子女は雑え処らず。故に君雅楽を楽しめば、則ち友・大臣以て侍す可し。君燕楽を楽しめば、則ち左右・侍御者以て侍す可し。君北房を開き、薰服の楽に従えば、則ち廝役従う。清晨に聴治し、朝を罷めて論議し、従容として沢燕す。夕時に北房を開き、薰服の楽に従う。是を以て聴治、論議、従容沢燕、矜荘は皆序を殊にして、然る後に帝王の業得て行う可きなり。
現代語訳
師を迎える礼は、自分の位を退いて朝廷で師に拝することです。友を迎える礼は、自分から先に出向くことです。大臣を迎える礼は、まず皮や幣などの贈り物を先に届けることです。左右を迎える礼は、使者をまず遣わすことです。侍御を迎える礼は、命令で来させることです。廝役を迎える礼は、命令で呼び出すことです。師が来れば、朝廷を清めて控え、小さな事は進言しません。友が来れば、殿を清めて控え、音楽や技芸の人は同席させません。大臣が事を奏上するときは、芸人や小人は逃げ隠れ、音楽や技芸の人は同時に奏しません。左右が側にいれば、音楽は見せません。侍御が側にいれば、女性は同席しません。だから君主が雅楽を楽しむなら、友や大臣が控えてよく、君主が宴の楽を楽しむなら、左右や侍御が控えてよく、君主が北の部屋を開いて香りと衣装の楽に従うなら、廝役が従います。早朝には政務を聞き、朝が終われば議論を行い、ゆったりと沢燕(宴)します。夕方には北の部屋を開いて、薰服の楽に従います。こうして、政務、議論、くつろぎの宴、厳粛な場がそれぞれ順序を異にして、はじめて帝王の事業が行えるのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
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